画期的な高コレステロール薬、大規模な副作用調査めぐり不正疑惑浮上…情報操作か
「世界の大型医薬品売上高ランキング」なる情報が毎年、発表されています。2012年まで、ダントツの第1位だったのがリピトールという名の薬でした。コレステロールを下げる特効薬とされ、2011年に特許が切れて首位の座を譲り渡すことになりましたが、同じ成分のジェネリック品が今も広く使われ続けています。
この系統の薬を最初に発見したのは日本人で、ノーベル賞の有力候補だともいわれています。コレステロール値の高い人はどこの国にも大勢いますから、製薬企業にとってはドル箱です。特許を逃れるために化学構造を少しだけ変えた商品が続々と開発され、それぞれプラバスタチン、シンバスタチンなど名前がつけられました。名前の末尾が「スタチン」となっていることから、まとめて「スタチン系薬剤」とも呼ばれています。
最大の特徴は、LDLコレステロールの値を劇的に下げる効果があることです。薬を飲んだ患者さんもビックリですが、処方した医師のほうも驚くほどなのです。
ところで、スタチン系薬剤がドル箱となっている理由がもうひとつあります。海外で行われた大規模調査で、「寿命が延びる唯一の薬」と結論されたことになっているからです。
どんな調査だったのでしょうか。
数年におよぶ大規模調査
薬の調査は簡単ではありません。どの薬にも必ず副作用がありますが、多少のことは認めた上で、それをはるかに上回る効果があれば薬としての存在価値があることになります。副作用にも2つのレベルがあり、1つは湿疹など、服用を始めてすぐに現れるものです。これは、発売前に製薬企業に義務づけられている「治験」の段階で調査がなされ、軽微なものであれば添付文書にその旨が記載されるだけで発売許可となります。
もうひとつは、長い年月にわたって服用したときに初めて認められるような副作用です。ただし、その多くは微妙なものであり、少人数を対象に調べても、なかなかはっきりしません。そこで、新薬が発売されたあと、数千人から数万人のボランティアを募り、数年から5年ほどの歳月をかける追跡調査が行われるようになりました。
まず大勢のボランティアを募り、年齢・性別をはじめ、検査値、生活習慣などが均等になるようにコンピューターで2つのグループに分けます。その一方に調べたい薬(実薬)を飲んでもらい、他方には外形をそっくりにつくった偽薬を服用してもらいます。この偽薬を専門用語で「プラセボ」といいます。こうして何年かあとに、どちらのグループの人たちが健康で長生きをしていたかを比べてみるという方法なのです。
スタチン系薬剤として最初にデビューしたのはシンバスタチンという薬で、4,444人ものボランティアを対象に平均5.4年の追跡調査が行われました。そして、寿命を延ばすことが見事に証明されたと結論されたのです。この調査は、土地の名前から「スカンジナビア・シンバスタチン・生存・調査」と呼ばれ、4つの英単語の頭文字から「4S」という愛称もつけられました。調査内容とは無関係に数字の「4」にこだわった、いかにも宣伝色の濃い調査でした。
この調査結果に勢いを得た製薬業界は、次々に新たなスタチン系薬剤を開発し、調査データを宣伝に利用するというパターンを繰り返すようになったのです。それらのデータは一見、素晴らしいもので、やがて「夢の薬、スタチン神話」などと語られるようになり、私自身もすっかりその気にさせられてしまったひとりでした。
根底から覆す論文発表
ところが最近、この神話を根底から覆す衝撃の論文が国際専門誌に発表されました。「スタチン系薬剤に関する論文は、どれも欺瞞に満ちたもので信用ができない。この系統の薬は、少なくとも検査値が悪いだけの理由で飲むべきではない」という内容で、書いたのは、なんと別の一流医学専門誌の編集長と副編集長でした。
論文では、実薬に不利になるようなボランティアを最初から除外していたとか、腎臓障害などの副作用があったにもかかわらず公表しなかったなどの事実が明かされました。とくに最初に行われた4Sについては、調査途中で脱落したボランティアがあまりに多く、寿命が延びることは証明できていないと糾弾されていました。
コレステロールを専門とする私は、すべての論文に目を通してきたつもりでしたが、いま改めて読み直し、この批判が正しいことを確信しました。これまで、多くの患者さんにスタチン系薬を処方してきたことについて、お詫びをしなければならない事態となったようです。
欺瞞に満ちた論文の数々を書いた研究者、製薬企業に対し、今、強い怒りを感じているところです。
(文=岡田正彦/新潟大学名誉教授)
参考文献:Redberg RF, et al., JAMA 307:1491-2, 2012.