三浦春馬さん死去、「戸籍を抜いて親と絶縁」は可能なのか…「親と絶縁する」方法
人の噂も75日といいますが、俳優・三浦春馬さんの衝撃の死から75日目にあたる10月1日を過ぎても、その死を嘆き悲しむ声はあとを絶ちません。亡くなられたあとに発売されたCDも各種ランキングで1位を獲得し、ドラマ『おカネの切れ目が恋のはじまり』(TBS系)の視聴率も上々、さらには12月11日には主演映画『天外者(てんがらもん)』が公開されるなど、人気と実力を思い知らされるにつけ、ファンの無念さは深まるばかりです。
自死の理由が明らかになっていないこともあり、親族や友人、仕事関係に関する過剰ともいえる憶測や誹謗中傷がインターネット上に溢れています。なかには「戸籍を抜いて親と“絶縁”した」という報道もありましたが、親との関係に悩む人々から「絶縁できる方法があったのか」と話題にもなっています。
では、果たして親子は本当に絶縁できるのでしょうか。今回は銀座ヒラソル法律事務所の古谷野賢一弁護士に聞きました。
戸籍とは何か?
――そもそも戸籍とはなんですか。
古谷野 日本国民の出生から死亡に至るまでの身分関係の変動を登録し、公に証明する制度です。戸籍の歴史は古く、日本最古の戸籍といわれているのが、今から1350年前の天智天皇時代の670年につくられた「庚午年籍(こうごねんじゃく)」です。江戸時代にも今の戸籍にあたるものがあり、宗門人別改帳(しゅうもんにんべつあらためちょう)と呼ばれ、租税台帳にもなっていました。現在は昭和22年に制定された戸籍法に則り、戸籍の作成・手続などが行なわれています。
――日本以外に世界で戸籍制度があるのは、中国と台湾だけです。若い世代を中心に「戸籍なんて不要」という声もあります。
古谷野 例えば、「私は誰々の身内」という話だけでは、本当のところはわかりませんよね? 正しく調べるために、基本となる身分関係や親族関係の証明が必要で、それが戸籍となるのです。「DNA鑑定の精度も高まっている」という意見もあるかもしれませんが、精査できるのは親子、兄弟姉妹のような直接的な判定だけです。2016年に京都大学が、またいとこまで鑑定できる研究結果を発表しましたが、まだ実用化には至っていませんので、現時点ではDNAが戸籍を正しく反映できるわけではないということです。
――戸籍が親族関係を公的に証明するために存在することはわかりましたが、「戸籍を抜いて親と絶縁」というのは成立するのでしょうか。
古谷野 親が子供との絶縁を言い渡す“勘当”という言葉を聞かれたことがあるかもしれません。戦前までは法的に勘当が認められていたようです。しかし、現在では勘当も認められていませんし、法的に親子関係を解消することはできません。子供が結婚して新しい戸籍をつくっても、親子関係がなくなるわけではないことはご存じかと思います。ただし、例外はあります。
――どういった場合ですか。
古谷野 養子縁組によって生じた親子関係を解消する「離縁」が、これに該当します。養子も養子縁組により養父母の子供として同じ戸籍に入る場合と、親が子連れで再婚して、結婚相手の戸籍に入る場合があります。
――連れ子は親が離婚すれば、自動的に養父母と離縁できますか。
古谷野 たとえば連れ子のいる妻と離婚の手続きをとっただけでは、連れ子は養父と養子縁組の解消はできません。連れ子との親子関係を解消するには、離婚の場合と同様に協議を行い「養子離縁届」を届出する「協議離縁」を行なうことになります。連れ子が成人していたら、養親と連れ子の双方が離縁届に署名捺印をして、本籍地の役所に提出します。協議が整わず協議離縁ができない場合には、家庭裁判所に「離縁調停」を申し立て、さらに調停が不成立となった場合には「離縁裁判」を行うこととなります。
分籍
――実の親が“毒親”で悩むお子さんも少なくないのですが、なんとか絶縁する方法はないものでしょうか。
古谷野 いくら“毒親”であっても、法的な絶縁が認められている条件は、先ほど申し上げた通りです。ただ、実質的な絶縁方法は別で、電話番号を変えるとか、関係者に連絡先を教えないように依頼することは、法律上も違法ではありません。注意すべきことは親と一緒の戸籍に入っていると、同一戸籍の人は絶縁を希望する子供が親と距離をとっていたとしても、親は現住所を探し出せます。
――それはなぜですか。
古谷野 戸籍には、本籍地の市区町村において戸籍の原本と一緒に保管している附票(ふひょう)という書類があります。この附票には、本籍地を定めた市区町村から、現在、または結婚・離婚・死亡・本籍地変更(転籍)などで除籍されるまでの間の住所(住民登録)の履歴が明記されています。その目的は、住民票を登録した市区町村は、本籍地の市区町村に報告することが法律で決まっているためです。
ただし、救済措置もあります。「住民基本台帳事務におけるDV等支援措置」が制定され、これに該当した場合です。配偶者からの暴力(DV)、ストーカー行為、児童虐待及びこれらに準じる行為の被害に遭われた方は、「申し出」によって住民票の写し等の交付等を制限できるのです。詳細は、制限を希望する人の住民票のある市区町村に問い合わせてみてください。
――親と価値観などが合わないだけではダメというわけですね。結婚以外に親の戸籍から独立し、新たに戸籍をつくることはできませんか。
古谷野 分籍(ぶんせき)という方法があります。新たに分籍の届出をした方が、今いる戸籍から出ていき、届出人を筆頭者とした新戸籍をつくる届出のことをいいます。この場合、新たな本籍は届出人が決めることができますが、親との絶縁を希望する方のなかには、親からの追跡がより困難になるよう分籍を行った後、さらに他の市区町村に転籍し、転籍後に新たな住所の住民登録をする方もいるようです。親の戸籍と一緒の戸籍はイヤという方は、分籍を検討されることになるかと思います。
親に財産を渡したくない
――“毒親”に悩んでいる子供にとっては、解決手段があるわけですね
古谷野 そうともいえないんですよ。注意しなければならないのは、子供が親の戸籍から抜けたからといって、親子関係などには変更がないということです。つまり、扶養義務は消滅しないのです。親のことで悩んでいらっしゃるお子様には、納得がいかないことだとお察しします。
――なんだかやりきれませんが、親と距離をとる方法は残されていないものでしょうか。
古谷野 絶縁したいと思ったら、第三者に間に入ってもらって、親と距離を置きたい旨を伝えてもらうことは可能です。ただ気持ちや事情は十分に理解できますが、戸籍法がある以上、法的な効力を持って親子を絶縁させることはできません。“絶縁宣言”をしながら、年月が過ぎて関係性が改善する例も多々あるので、非常にセンシティブで難しい問題なんです。
――子供が親に財産を渡したくない場合は、どうすればいいですか。
古谷野 遺言書を作成してその旨を記載するという方法があります。お一人様の相談で、ペットに相続財産を受け取らせたいと希望する方も、なかにはいらっしゃいます。しかし、ペットは人でも法人でもなく、権利を持ったり義務を負うことができない(権利の主体とはなり得ない)ため、遺産を受け取ることはできません。同じ動物でも、日本動物園水族館協会や公益財団法人日本野鳥の会といった団体なら遺贈(いぞう)することができます。
――遺贈とは何ですか。
古谷野 遺言書によって、相続財産を全部あるいは一部を、他の者に引き継がせることです。遺贈先は個人のみならず地方公共自治体や団体、日本赤十字社、学校、公益法人、NPO法人など、さまざまです。寄付金控除が使える場合もありますので、関心がある方は直接お問い合わせをされるといいかと思います。
ただし、注意することがあります。配偶者や子や親が相続人となる場合には、遺留分(いりゅぶん)といって一定範囲の遺産の価額を確保できる権利が法律で制定されています。配偶者や子などの相続人がいるのに、相続財産の全額を遺贈すると、法定相続人(民法で定められた親や配偶者、子などの相続人)の遺留分が侵害される場合もあります。そうなると遺贈先に対して遺留分侵害額請求がなされる可能性がありますので、この点についても注意が必要です。
――親や配偶者の親と一緒のお墓に入りたくないという人もいますが、親のお墓に必ず入らないといけないのですか。
古谷野 お墓に入る人の制限や条件を制定した法律はありません。親や夫の両親のお墓に入りたくないという相談は少なくありませんが、イヤなら拒否して、自分たちで新たなお墓をつくればいいだけのことです。お墓も無用と考える人も増えてきて、樹木葬や海洋葬など新しい形態のお墓の人気も高まっています。
家族には他人には入り込めない歴史や感情
どうやら現状の法律では、実の親子関係を解消することは難しいようです。さらに、親子関係解消の難しさは法律的にだけではなく、医学的にも影響を及ぼします。
輸血や臓器移植などの適合性の問題があり、「目の前の命を救う」観点から、親族に連絡をするケースもあります。ただ、連絡を受けた親族の対応は親族に委ねられます。親族が拒否した場合は、最終的には医療機関は行政や警察と相談しながら慎重に進めていると聞きます。
さらに警察からも連絡が来る場合があります。「私は天涯孤独」と言っていた方が死亡し、その方に実は子や兄弟姉妹もいたことがあとに判明しました。警察から連絡を受けた子供たちと40年ぶりに“無言の対面”を果たし、その方の骨は先祖代々のお墓に納骨されたそうです。その方は過去に不倫をして失踪したのですが、子の母への憎しみは長い年月を経て「許しはしないけど、故郷には帰してあげる」という気持ちに昇華したそうです。本人の言葉を鵜呑みにして無縁仏にしていたら、大変なことになっていました。
親子といっても価値観も人格も違います。過去に絶対に許すことのできない言葉や行為があったり、昨日まで仲の良かった親族が些細なことでお互いの感情を爆発させるケースもあります。一方で、長い年月を経て再会するケースもあります。今日の感情が何十年も先まで同じかどうかは、神のみぞ知ることです。日々の相談業務のなかで、むしろホームドラマに出てくるような家族のほうが少ないのかもしれないと思うこともしばしばです。
家族には他人には入り込めない歴史や感情があります。第三者が誹謗中傷したり、憶測で語ると、親子間や親族間に余計な溝を生じさせたり、傷つけたり、新たな火種を生み出しかねません。それこそ、断じて謹まなければならないのではないでしょうか。
(文=鬼塚眞子/一般社団法人日本保険ジャーナリスト協会代表、一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会代表)
※後編に続く