サクラエビは、深海に生息する体長数cmの小エビです。日本では駿河湾で漁が行われており、その美しい色合いから寿司やパスタ、ピザなどのトッピングに使われたり、春が旬であることから春野菜と合わせてサラダになったりしています。また、炒め物やかき揚げにしてもとてもおいしく、食感よくいただくことができる万能食材です。
晩年まで日本の美しい四季折々の風景を写実的に描写し、多くの歳時記を出版した俳人・細見綾子の代表作に
「桜えび すしに散らして 今日ありぬ」
という俳句があります。
ここでいう「すし」はちらし寿司のことですが、酢飯の白、錦糸卵の黄色、キヌサヤの緑にサクラエビの桜色……色彩心理学的には、赤色やオレンジ色には食欲増進作用があるとされており、想像するだけで食欲がもりもりとわいてきそうな食卓です。
サクラエビの桜色は、カニなどの甲殻類の赤色と同じアスタキサンチンという化学物質の色です。アスタキサンチンは細長い階段のような構造をしていますが、このような繰り返し構造が含まれる分子は光を吸収する性質があります。アスタキサンチンの構造式
分子全体の構造によって吸収する光の色が決まりますが、アスタキサンチンの場合は青色や緑色の光をほぼ完全に吸収するため、残された赤色が反射されて私たちの目に届き、サクラエビは赤く見えます。
アスタキサンチンはサクラエビのほかにサケ、イクラ、タイなどの海産物の赤色色素でもありますが、含量はサクラエビが圧倒的に多く、100g当たり7mg、紅サケの2倍以上、甘エビの10倍近くも含まれています。
サクラエビはエサの藻類に含まれているベータカロテンを原料にしてアスタキサンチンを体内で合成します。また、サケはその小エビを食べることによってアスタキサンチンを摂取します。フラミンゴの赤色もアスタキサンチンですが、マグロの赤身の色はミオグロビンという、まったく異なる化学物質の色です。
サクラエビは目の疲労回復に役立つ?
海中でのサクラエビは、食卓で見るほどには美しい桜色をしていません。むしろ、透明に近い生き物です。サクラエビは、ブラックタイガーやカニと同様に70℃以上の加熱調理でより美しい桜色になります。
生きたサクラエビの体内では、アスタキサンチンは特殊なたんぱく質と結合して存在しています。この状態では、ほぼすべての色の光を吸収してしまうため、光を反射しにくくなり灰色に見えますが、海中ではこの性質は保護色として役立っています。
アスタキサンチンが結合しているたんぱく質は加熱調理で壊れますが、アスタキサンチンは熱に強いため、調理後にはアスタキサンチンのみが残って赤く見えるようになります。ちなみに、サケが生でも桜色をしているのは、アスタキサンチンが結合していたたんぱく質がサケの消化作用によって分解されるためです。
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