俗に「鼻が利く」といえば、利にさとい人を指す。では、「鼻が利かなくなる」とどうなるのか--。実は「死亡するリスクが高い」という、ギョッとする報告がある。
どんなに好きな匂いでも、そればかり嗅ぎ続けると嗅覚が低下する。嗅覚器は、デリケートで疲労しやすいからだ。この一時的な感度の低下を「嗅覚疲労」と呼ぶ。
一方、「無嗅覚症(anosmia)」と呼ばれる嗅覚の障害は、高齢層の7割にみられ、若年層においては15%以下とされている。
そして従来の先行研究によれば、この嗅覚検査の成績がふるわない高齢者の場合、嗅覚が鋭い高齢者よりも相対的に「早く死亡する可能性が高い」という傾向が示唆されてきた。
では、40代や50代の中年期以降においても、こうした死亡率に関する連鎖傾向は読み取れるものなのだろうか。あるいはそのリスクに認知症は関与しているのだろうか。
この2点を検討するため、ストックホルム大学(スウェーデン)心理学准教授のJonas Olofsson氏らが試みた研究成果が3月22日付「Journal of the American Geriatrics Society」に掲載された。
嗅覚鈍化は要注意!
嗅覚検査と認知機能低下などの健康状態の調査を通じて、その関連性を探る今回の研究に際しては、40~90歳の被験者1774人が対象に選ばれた。
すると、10年間におよぶ追跡調査期間中、411人がこの世を去ったそうだ。10年を費やして得た結果では、40~50代でも「嗅覚が鈍くなること」が早期死亡と関連する事実が示唆された。
具体的には、中年期以降に嗅覚が低下(鈍化)した人の場合、そうでない人と比べ「10年以内に死亡するリスクが20%ほど高い」傾向が判明した。
入念な解析の結果、先行研究が示唆したとおり、嗅覚検査の成績が悪い人ほど死亡リスクが「有意に高い」事実もわかった。しかし、被験者の学歴や各自の健康状態、加齢に伴う認知機能などに関連する変数を調整・解析しても、前述のような関連性は読み取れなかったそうだ。
主筆者のOlofsson氏は、「我々ヒトの嗅覚は脳の変化をよく反映しており、坑道のカナリアよろしく、五感のなかでもとりわけ鋭敏な指標になるのではないかと思う」と見ている。
そして、「先達陣の研究では、この嗅覚の低下が認知症と関連することが示されてきた。一方、今回の私たちの研究では、早期死亡との関連においては認知症が特に関与していないことが判明した。つまり、従来より考えられてきたものとは別の、生物学的な機序が背景にあるのではないかと考えている」と述べている。
匂い感じなくなるのは生命活動の終わり?
その上で「嗅覚が鈍くなる原因」については、感染症やケガ、あるいは薬の服用など多様な理由が考えられるため、嗅覚の鈍化を感じたら「まずは医者に相談すべき」だと述べている。
この点については、副鼻腔や鼻の問題に詳しい米シカゴ大学外科准教授のJayant Pinto氏の助言も拝聴しておこう。
「嗅覚検査を行うと、実際の症状よりも嗅覚を悪く感じている人が多い。食べ物の風味には嗅覚が関与するため、食事がおいしいと感じられるうちは、特に問題はないだろう」
陸上の生物は空気中、水中の生物は水中の化学物質を感知する機能が「嗅覚」だ。同じく化学物質の受容による「味覚」との違いは、「嗅覚」の場合、(接触しなくても)自らの周辺に散らばっているものを受け取れる点にある。
要は、遠くにあるものでも匂いをキャッチし、その「正体」を知ることができる点で優れているのだ。
嗅覚は多くの生物にとって、食べ物の探索や危険の感知、生殖活動の誘発など、生命活動に不可欠な役割を果たす。野生動物では、いかに鋭敏に匂いを感知できるかが生存に大きくかかわる。ヒトも匂いを敏感に感じ取れなくなるのは、生命活動の終わりを示しているかもしれない。
(文=ヘルスプレス編集部)