今や社会現象ともいえる『鬼滅の刃』の聖地にもクマ(熊)が出る。主人公の竈門炭治郎(かまどたんじろう)とその妹・禰豆子(ねずこ)の出身地とされているのが東京都・埼玉県・山梨県の境界にある雲取山だ。サンダル履きの登山者が2000メートル超えの雲取山に聖地巡礼をしているとの報道があったが、クマが出ることも知らずに、その生態をよく調べもしないで聖地巡礼に赴き、クマに遭遇するとどうなるか。
今年もクマによる被害は各地で発生し、10月には死者も出た。先日、石川県加賀市内の大型ショッピングセンターにクマが立てこもったニュースも世間を驚かせた。インターネット上では、クマに遭遇したら「死んだふりをする」「走って逃げる」「死んだふりも走って逃げることも絶対にしてはいけない」など、相反する情報が錯綜している。クマ被害に遭うと最悪、命を落とすこともある。パニックを起こさずに的確な行動を取り、クマと共存するにはどうすればいいのか。
ここ数年、クマの目撃情報が増えたといわれているが、実際はどうか。環境省のホームページの「クマ類による人身被害について(速報値 令和2年10月暫定値)」によると、すでに今年度の全国の被害件数は119件、被害人数は132件におよぶ。同省のホームページでは全国の「クマ類による人身被害について」もデータを公表している。これを見る限り、クマによる被害がここ数年で急増したというわけではないようだ。
例えば被害者合計数を比較してみると、平成20年から24年の5年間は、430人の被害者に対し、平成28年から現在までの5年間で555人と確かに増えてはいる。しかしながら、現時点での死亡者数を比較すると、前者の死亡者数は12人に対して、後者の死亡者数は9人と、約1.4倍の開きがあり。むしろ減っている。
では、なぜクマの目撃情報や被害が増えたという報道が盛んなのか。あくまでも私見だが、ここ数年、地域行政や民間団体、一般の方などがSNSでクマの目撃情報を積極的に発信していることも理由のひとつかもしれない。
熊の生態
日本に生息するクマには2種類あり、北海道に生息するヒグマと本州から四国に生息するツキノワグマだ。四国の剣山に生息するツキノワグマは十数頭しか確認されず、絶滅の危機にさらされている。
ヒグマとツキノワグマの体格を比較すると、ヒグマのほうが体格は大きい。ヒグマの成獣ともなると、オスは体長2メートルから3メートル、体重は250キロから300キロ、メスの体長は1.8メートルから2.5メートル、体重は100キロから300キロだ。
一方、ツキノワグマはオス・メス共に体長1.2メートルから1.8メートル、体重はオスは50キロから 120キロ、メスは40キロから70キロとヒグマより一回り小さい。ヒグマとツキノワグマの共通点を表にまとめてみた。
しかし、クマの生態は一括りにできるものではなく、育った環境や自然状態によっても地域差はあるだろう。「クマも新世代、人も恐れない」との一部報道もあったが、どうやらこれも地域差があるようだ。近年は毎年のように「今年はエサ不足」との報道を目にするが、クマのエサとなる木の実などは、気象状況などによって発育状況も毎年異なるため、これまた一括りにできない。
エサといえば昨年、柿の木に籠城したクマの報道があった。柿の木は本来、クマが生息する奥深い山にはない。クマは人間の食べ物の味を覚えると執着する特性があるため、再び柿を求めて市街地に遠征してしまうのだ。
また、食べ物が入ったリュックをクマに狙われたら、絶対に取り返そうとしないことだ。クマにとってはすでにリュックの食べ物は自分のエサで、エサを奪われたと思い込み、取り返しに来るからだ。
大都市圏で生活してくると、ひっかき、かみつきなどのクマ被害に遭ったと聞いてもピンと来ないが、ヒトがクマに本気ではたかれ、眼球破裂の手術を施された例もある。ブログでも「クマは遠心力を利用して前足で顔をはたくため、柔らかい皮膚に包まれた人の顔など、一瞬にして顔の皮膚がもって行かれ、骨が剥き出しになる」となんとも恐ろしい報告もみられる。
経済的被害
人的被害以外にも2次被害が起こるときもある。先の加賀のショッピングセンターに逃げ込んだクマは13時間籠城後に射殺された。地元警察、加賀市役所、現地の環境省に問い合わせたところ、人的被害は出ていないことが確認できた。クマの侵入時の状況などは不明だが、臨時休業となったことで売り上げに影響が出たことは間違いない。
加賀市のケースは電気系統に破損はなかったようだが、過去、電柱に車がぶつかり、地域一帯が停電した事故があった。その地域にスーパーがあり、冷蔵・冷凍庫がすべて使えなくなり、商品を総入れ換えしたことで何千万円という損害が出た事例がある。
昨年には、人に被害を与えたクマが工場(非食品)に突然逃げ込み、籠城し、こちらも射殺された。工場内で相当暴れ回ったようで、血が飛び散り、関係者によれば機械や製造物の修理や廃棄、清掃などで100万円に近い損害を出したという。
こうした破損や汚損の被害は、火災保険の“不測かつ突発的な事故”に該当し、補償の対象になる。火災保険では、最初から補償対象になっているタイプと、オプションでセットするタイプがある。店舗の休業補償には店舗休業保険が準備されている。ただ、加入や支払いには条件があるため、すべての被害に支払われるわけではない。各損害保険会社に問い合わせてほしい。
熊の特性
人にとってクマは恐怖の存在でしかないのか。環境省のホームページでは「クマは基本的には人を避ける動物です。しかし、突発的に出会うと防御的な攻撃を招き、危険な場合があります」とある。クマにとって攻撃は防御の意味というわけなのか。
クマと共存するためには特性を知っておく必要がある。環境省自然環境局が発行している『クマ類出没対応マニュアル』や『豊かな森の生活者 クマと共存するために』には、クマの生態や出会ったときの対応などが紹介されている。
クマは耳や鼻がいい反面、食べることに夢中になると周囲が見えなくなるという特性がある。山菜の時季はクマのエサが豊富な時季と重なるし、クマもエサにする山菜もある。夢中になるのは人間も同じだ。山菜採りに行き、集中するあまり、鉢合わせしてしまうケースも考えられる。山菜採りでの死亡事故も過去には何件か発生している。
もしクマに出会ったら、まずは落ち着くことだ。どんなに怖くて不安でも、一秒でも早く、落ち着くことだ。クマは走って逃げると追いかける習性があるため、慌てて走って逃げるなど、絶対にしてはいけない。
クマはのしのしと歩くイメージがあるが、意外なことに足が速い。仮に走って逃げたところで、時速40キロともいわれるクマに、たちまちにして追いつかれてしまう。走りきれないと思い、死んだ真似など、とんでもない話だ。とにもかくにも、被害に遭わないためには、クマと出会わないことだ。
被害を防ぐ方法
では、被害を予防する方法は何か。環境省のホームページでも、人間の生活圏で被害に遭わないためにはクマを近づけないことが重要だとして、周辺環境のチェックを勧めている。
至近距離で突発的にクマに遭遇したとき、実際問題として、攻撃を回避する完全な対処法はないとされている。下記の対応をしたとしても、被害を防げる、あるいは大きな被害にならないというわけではなく、致命的な被害を防げるかもしれないということを認識していただきたい。
※注1
・製品により異なるが、有効射程距離は5メートル程度とされる。
※注2
・首、顔、腹部の急所を守るために首の後ろに両手を回し、うつぶせになる。
・リュックサック等を背負っている場合は、防護のため、背負ったままにする。
・転がされても怖くても、慌てふためかずに、大声を出さず、あくまでも致命的な被害を少しでも最小減にするため、元の姿勢に戻る。
近年は里山や居住地に下りてくるクマもいる。クマの生息地に居住する方は、この時季、外出時には相当な緊張感を持っていると聞く。地域のクマのことは、その地域の方が一番把握されている。クマが出没する地域の登山を計画している人は、事前に環境省のマニュアルや自治体のホームページなどの情報のチェックを怠らないと同時に、地元の方から情報を収集することを忘れずにいたい。
また、クマが生息する地域の企業などは、「クマ進入防止マニュアル」を準備することも必要かもしれない。
(文=鬼塚眞子/一般社団法人日本保険ジャーナリスト協会代表、一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会代表)