私たちの味覚は5種類の基本的な味、甘味・苦味・酸味・塩味・うま味の組み合わせでできています。ヒトが感じる味にはそれぞれ意味があり、たとえば有毒化学物質は苦みを持つことが多いので、それらを体内に取り込まないよう口の中で苦みを感じ取れるように、味覚として進化したと考えられています。
そのように、5つの基本味は、いずれも人類が生存するために進化の過程で選ばれ研ぎ澄まされた感覚です。
日本伝統の味でもあるうま味を私たちに感じさせているのは化学物質です。明治時代の1908年、化学者の池田菊苗博士によって、昆布の味成分として発見されたグルタミン酸が最初の物質でした。
現在では、グルタミン酸以外にもアスパラギン酸、イノシン酸、コハク酸などのさまざまな化学物質が混じり合って、味わい深いうま味をつくり出していることがわかっています。うま味の出るだし昆布やかつお節を使用しただし汁は、煮物や鍋物から肉料理にまで使われる万能選手です。
室町時代の寺院で書き継がれた公用日記「蔭涼軒日録(いんりょうけんにちろく)」によると、今でいうラーメン、当時の「経帯麺(けいたいめん)」を調理したのは、室町時代の京都相国寺僧侶・亀泉集証(きせんしゅうしょう)だとされています。
そのラーメンは客人に振る舞われ、誰が食べたのかは記録が見つかっていませんが、麺のレシピは現在とほぼ同じだったようです。スープについても記録はないのですが、当時の食生活から「グルタミン酸たっぷりのだし汁だったのではないか」と推測されています。
もともと、グルタミン酸は動物の体内で興奮情報を伝え、記憶や学習に大きくかかわる神経伝達物質として知られているアミノ酸です。うま味を食料から積極的に摂取することを選んだ進化的理由は、うま味物質には脳を刺激することで唾液や胃酸の分泌を促す作用があるため、質の低い食生活に陥っても食物を効率よく消化できるようにするためではないか、と考えられています。
なお、グルタミン酸そのものは酸なので酸味を持ちます。調味料としては、ナトリウムで中和したグルタミン酸ナトリウムが用いられます。
味覚障害の人は太りやすい?
2018年1月に国内で開催された学会において、味への感受性と生活習慣病の関係に関する研究成果が報告され、「うま味の感度が低下すると肥満になりやすい」ということがわかりました。
鳥取県内の病院の患者や職員を対象に、1リットルの水に0.3グラムの「味の素」を溶かした水を1ミリリットル口に含み、味を感じなかった人を「うま味感度が低下した人」としました。肥満度を表すボディマス指数(BMI)とうま味感受性の関係を調べたところ、うま味感度が低下している人のうち36%がBMI25以上で肥満傾向がありました。
一方で、うま味を感じる人のなかでBMI25以上の人は12%しかいませんでした。さらに、食の嗜好との関係を調べると、うま味感度が低下している人は甘党である傾向があり、この研究を行った医師らは「うま味の感度が低下していると食の満足度が得られにくくなり、甘党になる傾向がある。その結果として肥満につながっている」と考察しています。
『食べ物はこうして血となり肉となる~ちょっと意外な体の中の食物動態~』 野菜を食べると体によい。牛肉を食べると力が出る。食べ物を食べるだけで健康に影響を及ぼし気分にまで作用する。なんの変哲もない食べ物になぜそんなことができるのか? そんな不思議に迫るべく食べ物の体内動態をちょっと覗いてみよう。