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母の介護で泥沼だった私が、母を施設に入れて見つけた「介護はプロに任せる」という答え

文=林美保子/フリーライター
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母の介護で泥沼だった私が、母を施設に入れて見つけた「介護はプロに任せる」という答えの画像1「Gettyimages」より

 二十数年前、俳優の北大路欣也がバッシングを受けたことがある。高齢の両親を千葉・館山にある施設に入所させたことが心ない行為といわれたのだ。確執のあった姉の一方的な意見が独り歩きしてしまったようだが、「お金があるのだから、人を雇えば自宅介護もできるのではないか」みたいな意見もあり、世論的には、往年の大スターだった父・市川歌右衛門を姥捨て山のように捨てたという見方が少なくなかったと記憶している。

 当時はまだ、介護を強いられる家族がどんなに大変であるか、一般的にはあまり知られておらず、親や配偶者の世話は家族が愛情を持って行うのが当然という認識が強かった。近年は大介護時代を迎え、施設に入所させることに世間的には抵抗がなくなってきている。しかし、家族にとって心理的ハードルはまだそんなに低くはない。

「施設=見捨てる」という罪悪感に苛まれる家族

「おかあさんを施設に入れたほうがいいんじゃないですか」

 私は、母のかかりつけの医師から助言を受けた。

「僕は大好きな叔母が壊れていくのを見ている。だから、施設には早めに入れたほうがいいと思っています。特別養護老人ホームは待機者が多いので、申し込みだけでもしたほうがいいですよ」

 そう言われても、申し込みをする決心がつかなかった。施設はどうしようもなくなったときの最後の砦だと思っていたからだ。

 私の母は父のDVによる後遺症がひどく、心療内科医から人格障害という診断を受けるほど性格がゆがみ、情緒不安定、被害妄想などのため、娘としては相当苦労した。だから、決して「大好きな母のための恩返し」と思って介護をしていたわけではない。そんな私でも、施設に入れることは、親を見捨てるような抵抗感があり、申し込みを決心するまでに2年かかった。

 被害妄想がさらにひどくなっていった母は、家族を悪者にして吹聴するようになっていた。その事実に衝撃を受け、胸をえぐられながらも、その母の介護は待ったなしに私にのしかかる。そんな泥沼から抜け出すための保証がほしい。藁にもすがる思いで、私は入所申込書を書くことにしたのだった。

 その2年後、母の入所が決まった。そのときの私は不思議にもうれしいどころか、「えっ、どうしよう」と当惑した。いざ施設入所が現実になると、にわかに母を見捨てるような罪悪感が襲ってきたのだ。とはいうものの、少し落ち着くと、やはり順番がまわってきたことはありがたかった。

 施設への引っ越しを終え、私が帰ろうとすると、「私も帰る」と母が言い出した。「私はいつまでここに居ればいいの?」と聞く。私は罪悪感でいっぱいになりながらも、「また、すぐ来るから」とごまかして母のもとをあとにする。その後も3カ月間くらいは、母のところに行くたびに、「私も帰る」と訴えられた。

介護をプロに任せて、家族は家族にしかできないことを

 母が入所した施設にはデイサービス施設が併設されていたが、制度上、特養の入所者はデイサービスを利用することはできない。月1回くらいはイベントがあるのだが、施設が提供できるのは、飲食や入浴など生活上のサービスに限定される。家族が連れ出さない限り、外出もできないのだ。

 それでは母が退屈するだろうと思い、散歩に連れ出すのが私の仕事となった。車椅子を押して近くの沼畔を歩き、道の駅で買い物をしてから、行きつけの喫茶店でお茶を飲む。2時間あまりの娘との時間を母はとても喜んでくれた。24時間一緒に居たときには思うようにならないストレスを娘にぶつけてきた母も、娘の来訪を心待ちにするようになったのだった。

 次には介護タクシーを使って、少し遠出をすることを思いついた。車で30分ほど行った紅葉の名所の美しさに、母は子どものように喜んでくれた。自宅介護をしていたときには、散歩に連れ出す余裕もなかった私がこんなことを思いついたのは、気持ちにゆとりができたからだ。

 施設不足、介護人材不足など物理的な問題は少なからずある。それとは別の見方として、「家族が介護をするのは愛情の証」というような縛りからは解放されるべきではないだろうか。特養には2年ぐらい待機することを想定して、申し込みが可能な要介護3になった時点で申し込んだほうがいい。介護放棄とは違う意味で、「介護はプロに任せたほうがいい」という価値観が少しでも広がれば、介護者が追いつめられる事態を減らすことができるのだと思う。

 介護で泥沼状態にいたとき、私は人から情報を得て、毎月10日間くらい母をショートステイに預けることにした。おそらく介護者が仕事を持っているという事情で、そのくらいの日数が認められたのではないかと思う。特養への入所は狭き門だが、ショートステイはきちんと予約すれば利用しやすい。そのおかげで、泥沼から片足半分くらいは抜け出すことができた。在宅介護中は、通所介護、訪問看護、訪問リハビリなど最大限プロの力を頼った。

 介護はできるだけプロに任せて、家族は家族にしかできないことをやればいい。それは、自宅介護が終わってから気づいたことだ。16年間の介護を経験した者の答えとして、ここに記したい。
(文=林美保子/フリーライター)

林美保子/ノンフィクションライター

林美保子/ノンフィクションライター

1955年北海道出身、青山学院大学法学部卒。会社員、編集プロダクション勤務等を経て、執筆活動を開始。主に高齢者・貧困・DVなど社会問題をテーマに取り組む。著書に『ルポ 難民化する老人たち』(イースト・プレス)、『ルポ 不機嫌な老人たち』(同)、『DV後遺症に苦しむ母と子どもたち』(さくら舎)。

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