怒っている人には「この人はトカゲの脳。でも私は人間」と思えばイライラしない
人は社会的動物。他の人との関わりなしには生きられません。ことに仕事においては、なおさら誰かと関わらずに働いていくのは不可能というもの。人類みな仲良くやっていければ問題はありませんが、社会には本当にさまざまな人がいて、なかには自分に非好意的に接してくる人もいるでしょう。そういう人と接する時間は、とてつもなくストレスがたまっていくものです。
実際、厚生労働省が発表している「労働安全衛生調査」を見ても、対人関係は仕事におけるストレスの原因のトップ3に常に入っています。したがって、対人関係のストレスをどうマネージしていくかが日々の社会人生活のなかでもっとも重要な要素となるわけです。
とはいえ、対人関係の問題を解決するために、職場が動いてくれればいいでしょうが、それもなかなか難しいでしょうから、まずは個人個人で実践していける対処法を考えていくのが得策ということになります。今回は、嫌な相手ともイライラせずに接していく簡単な方法を模索していきます。
嫌な気持ちというのは、言うまでもなく、「感情」の話です。そこで感情と脳の関係からまずは考えてみましょう。
感情は、脳の大脳辺縁系にある扁桃体というところから生み出されます。ここは、ほとんどの動物に存在します。言ってしまえば、動物としての人間の脳です。恐怖や不安、喜びや悲しみの感情の源泉ともいえる場所です。いわば、感情の「エンジン」ともいえます。
一方、その感情を抑えてコントロールするのが、大脳新皮質にある前頭葉という場所です。前頭葉は、理性的・論理的に物事を考えたりするときに使います。扁桃体というエンジンが生み出した「感情」というエネルギーを制御するわけですから、その意味で、感情の「ブレーキ」ともいえます。
大脳新皮質は、人間が人間としての生活を送るために発達させてきた脳で、その意味で、人間らしい脳であるともいえます。ですから、イラッとした感情が湧きそうになったら、前頭葉を使うようにすると感情が抑えられるわけです。前頭葉を働かせるためには、論理的にものを考えるといいでしょう。
脳科学の知見を取り入れた、法の世界でのコミュニケーションの研究でご著書もある鈴木仁志先生の比喩を借りれば、「怒るのはトカゲの脳、それを止めるのは人間の脳」です。いわば、怒りに任せて怒鳴り散らすのは、トカゲのレベルの行動ですが、怒りを抑制して対処できれば、より人間らしい対処行動ということになります。どうせなら高等生物として振る舞いたくありませんか?(笑)
こう考えることで、自らのイライラの感情を制御することにも役立ちます。たとえば、相手が怒っていても、同じように怒って対抗するのではなく、「ああ、この人、トカゲの脳で行動しちゃってる。この人はトカゲなんだ。でも僕は人間。人間らしく行動しなきゃ」と冷静に分析的に考えるだけで、意外にイライラの感情はおさまります。怒って暴れているペットに対して、本気で怒り返して対等に勝負を挑む飼い主もいないでしょう。このように自分の心の状態や状況を分析的・客観的に見ることによって、湧き上がってきた感情にブレーキをかけるのです。
三人称で自分を語る
2017年に発表された、米ミシガン州立大学のモーザーらによる研究では、被験者に嫌悪感を抱くような画像を見せ、その後、「今、“私”はどう感じているのか?」のように一人称で心の中で自問自答、もう一方は、「今、“彼”はどう感じているのか?」など三人称で自分に問わせました。そして、その際の脳波やfMRI(磁気共鳴機能画像法)を測ったところ、「私」や自分の名前のように一人称で語った場合と「彼」や「彼女」のような三人称で語った場合では、三人称で心の中を語ったときには、感情に関わる脳の部位の活動が、急激に低下していたのです。
この実験から推察できることは、三人称で自分を語ることによって、自分を客観視でき、感情を抑えられるということです。さっきの「トカゲ対人間」の構図も、自分を客観視するから同様の効果が得られるのわけです。
どうしても前頭葉でイライラが止められない方は、深呼吸をしてみましょう。国際医療福祉大学の古賀らの、ストレスを計測する指標としてよく用いられる唾液アミラーゼを使った実験では、6秒吸って、4秒吐くという深呼吸を5分間行ったところ、唾液アミラーゼの値が低下したそうです。唾液アミラーゼは、値が高いほどストレス値が高いと判断されるので、ストレスの軽減が見られたということになります。
とはいえ、5分も深呼吸するのは、ちょっと面倒くさいという方も、とりあえずイラッときそうになったら1度で構わないので深呼吸してみてください。実は、前頭葉を働かせるには数秒かかります。ですので、イラッときたら、まずは上のような深呼吸をするというのは、扁桃体で感情が湧き上がって、それを抑えるために前頭葉が働くための時間を確保する意味でも有効なのです。
いずれにしても、イラッとしたから、傷つけられたからといって相手を攻撃すれば、それもまた自分が攻撃される種になります。悪循環です。好意的に接せられれば好意で返したくなり、敵意を持って接せられればこちらも敵意を持つ。これは「返報性」といわれる有名な心理学の原理です。
怒りも他人に向ければ刃ですが、自分に向ければエネルギーになります。どうせなら、せっかく湧き上がってきたエネルギーを自分の向上のために使ったほうが良いに決まっています。「負けるが勝ち」と、古の人々が自身の経験から導き出した知恵に従ってみましょう。
そのイラッとしたことを言われても、「それが2年先まで毎日悩まされるようなことではないかもしれない」と考えると許せたりするものです。自分に振りかかる対人関係の嫌なことを、このように客観的に見られる視点を普段から用意しておくのも得策かもしれません。
(文=堀田秀吾/明治大学法学部教授)