先日、栄養ドリンク売り場の前で考え事をしている方を発見しました。せっかくなので、どんなことを考えているのかを質問してみることにしました。
「ウクライナの戦争があるので、恐ろしいと思っている」
ここまでは普段ニュースを見ている私たちにとって、よくある話だと思っていました。すると「動悸がする」というキーワードが出ました。それについて何か治療しているか質問したところ、「脳神経科で受診をして検査をしたら、何もなかった」とのことで、ひとまず安心しました。動悸は心臓の影響もあるのでその点も確認したところ、「それはない」ということでした。
さらに聞いてみると「政府の陰謀で血がドロドロになっているので、ドリンク剤で治したい」という話が出ました。政府の陰謀と血がドロドロになることについて因果関係はまったくないのですが、その方の世界観に入ってできる解決策を提案することにしました。そして、私自身がドリンク剤より錠剤のビタミン剤を推奨していることもあり、「錠剤のビタミン剤もあるんですよ~」と軽く提案したものの、「ドリンク剤」という強い希望を訴えられました。血がドロドロになるのを治すドリンク剤はそもそもないのですが、それでも「これを飲めば何とかしてくれる」という夢を詰め込んでしまっています。
タウリンの有効性
栄養ドリンクの目玉成分といえば「タウリン」ですね。このタウリンは、なんとなく疲れに効くと思われていますが、その実体はなんなのかを説明できる方は少ないと思います。まず、タウリンは「アミノ酸」です。植物にはほとんど含まれず、イカやタコといった魚介類に多く含まれています。私たち人間には心筋、骨格筋、脾臓、脳といった場所に多く存在しています。
タウリンは「医薬品」として使われています。その効能効果は「高ビリルビン血症における肝機能の改善とうっ血性心不全」です。その時の治療量が1日分として3000mgです。高ビリルビン血症、うっ血性心不全において臨床成績が7割有効とされ、医薬品として使われています。このことから市販の栄養ドリンクにおいても、タウリン量は3000mgが上限とされています。
タウリンを飲むことで中距離走のタイムが向上した、レジスタンス運動においても筋力が上がったという報告もあります。一方で、何も効果はなかったとされる報告もあります。そのため過度の期待は禁物です。栄養ドリンクで「政府の陰謀」とやらに対抗できるわけがないのです。
栄養ドリンクにはタウリンのほかに、ビタミンB1、B2、B6といったものが含まれています。ビタミンB1は糖質を代謝するのに必要、B2は脂質代謝に必要、B6はタンパク質代謝に必要とされるビタミンです。これらがエネルギー産生サイクルに入ることで効果を発揮します。
しかし、ドリンク剤にはビタミンは水に溶ける形で少量しか入れられず、味を優先しなければならないこともあり、できることが少ないのです。ビタミン補給が目的なら、糖質やカフェインは不要なので、私は錠剤のビタミン剤を推奨しています。
カフェインのおかげで効果の実感をする
効いたという実感がしやすいのが「無水カフェイン」です。ほとんどの栄養ドリンクに含まれており、一般的な商品には50mgほど含まれています。このカフェインの効果は多岐にわたります。ちなみに「無水」カフェインとは、コーヒーなどに含まれている水溶性のカフェインから水分子を取り除いて結晶化したものをいいます。そのため、計量がしやすくなり正確にカフェイン量を入れることができます。コーヒーのカフェイン量は100mLあたり60mgありますが、これは「平均」的なものですので、ぴったり60mgあるというわけではありません。
【カフェインの効果】
1.眠気防止
2.頭痛を和らげる
3.血流をよくする
4.心拍出量を増やす
心拍出量が増えて血流量が上がると、運動機能が亢進します。この効果によりカフェインはドーピング指定薬物とされています。市民マラソンならカフェインを摂ることは許されているので、35kmを過ぎてどうにもならない時にカフェインを含む栄養ゼリーを飲むと、あれだけ足が動かなくて歩いていたにもかかわらず、最後のひと踏ん張りができてしまうのです。
みなさんも経験があると思うのですが、重だるくなった体がこの栄養ドリンクを飲むことでシャキーンとしてキレッキレに動けるようになるのです。これはまさにカフェインの効果そのものです。重い頭がスッキリし、体がよく動くのです。わたしはカフェイン摂取する時にシャレをこめて「お清め」と呼んでいますが、モヤモヤしたものがスッキリ晴れるように感じています。上限カフェイン量はさまざまな基準があるようですが、1日200mgまでであれば健康被害はないとされており、コーヒーでいうと1日3杯程度が目安です。
栄養ドリンクはウルトラCではない
あくまでも栄養ドリンクは「疲労の回復・予防」「栄養不足による身体変調の改善・予防」「栄養補給」として飲むものです。数々の栄養ドリンクを飲んできた経験から申し上げますと、栄養ドリンクだけでは慢性疲労の症状に対して何も解決しません。当たり前のことですが、バランスの取れた食事、適度な運動、十分な睡眠を徹底し続けることに尽きると思っています。この精度をどこまで突き詰めるか? 私たちビジネスパーソンの管理力が問われています。
(文=小谷寿美子/薬剤師)