『患者よ、がんと闘うな』(文春文庫)などの著書がベストセラーになった、医師の近藤誠氏が13日午前、虚血性心不全のため東京都渋谷区の病院で死去した。近藤氏の訃報を受けて、医療関係者の界隈が騒ついている。ツイッターでは多くの医師が、近藤氏を悼むツイートをしている。
近藤氏の言葉を盲信したがために、がんが進行し死期が早まった人がいることは否定できない。しかし、近藤氏の存在ががん治療に一石を投じたといえる側面もある。
1980年頃、近藤氏は乳がんの温存療法を提唱した。当時、すでに欧米では温存療法が普及していたが、日本では外科至上主義といえる時代だったこともあり、近藤氏の発言は医師として常識を外れたものであると、強く非難された。
近藤氏の訃報に関して当時を知る医師会関係者に取材を試みたが、「近藤先生の主張には同意できない点が多かったのでコメントは失礼します」という返事が多かった。当時、医療の最前線にいた医師にとっては、今なお、近藤氏の提唱は受け入れがたいのかもしれない。
近藤氏の功罪
2000年12月に出版された近藤氏の著書『患者よ、がんと闘うな』では、「体を切り刻む手術はほとんど治療の役にたたない。多大な苦痛を伴うにもかかわらず、抗がん剤治療に意味のあるがんは全体の一割にすぎない」と、“がん放置治療”を提唱した。これも多くの医師や学会から猛反発を受けた。しかし、患者や患者家族にとって近藤氏の著書はセンセーショナルであり、ベストセラーとなった。
こういった流れを、医師はどう感じているのか。予防医療研究協会理事長で麹町皮ふ科・形成外科クリニック院長の苅部淳医師に聞いた。
「近藤医師は、がんといえば積極的手術以外はありえなかった時代を覆し、患者側の選択肢の一つを提供したと思います。しかし、『放置が一番』などという暴論を一般の人に過度に広めた罪は大きく、治癒可能ながんが彼の理論を信じて手遅れになった人や、不適切な治療を施されて被害を受けた人などのことを考えると遺憾です。
医学は科学であり、きちんとした根拠を示し、推測的な表現で主張するべきであったのではと思います。彼を反面教師として、医療者は今後の治療をしっかり考えていく必要があります」
近藤氏が追求したかったもの
とかく“インチキ論者”“トンデモ医師”と呼ばれた近藤氏だが、患者のなかには「手遅れ」と気づいても、それが求める医療だったというケースも少なからずあるだろう。
現在の医療は「エビデンスベースドメディシン」である。エビデンスがある治療が標準治療とされ、標準治療を選択することが幸せであると、多くの医師も患者も思いがちだ。しかし、寿命が伸び、人生が長くなった現代では、「自分がどのような人生の最期を迎えたいか」ということが尊重されるべきである。
高齢でもがんになると抗がん剤治療を行うという医療は、果たして正しいといえるのかーー。
これからの医療は、患者がナラティブベースドメディシンを基本とするべきかもしれない。ナラティブベースドメディシンとは、医師は医学的に推奨する治療方針を提示し、患者の考えを聞き、患者の希望に沿って治療を組み立てることをいう。
医学的に推奨される治療(生存率が高い治療)が、必ずしもその患者の人生を良くするとは限らない。近藤氏が目指した治療は、ナラティブベースドメディシンなのかもしれない。
近藤氏のご冥福をお祈りいたします。
(文=吉澤恵理/薬剤師、医療ジャーナリスト)