大手SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)であるInstagram(インスタグラム)とFacebook(フェイスブック、FB)が昨年、相次いで「いいね」数の非表示化テストを実施した。両サービスともに投稿の内容への支持や共感の意思を示す「いいね」がもらえるかもらえないかを気にする、あるいは他のユーザーと「いいね」の獲得数を比較することでネガティブな感情を抱くユーザーや、「いいね」を得るために過激な行動を取るユーザーが増加し、問題となっている。今回の実験は、こうした問題への対応策の一つだが、はたして承認欲求が渦を巻くSNSの現状は打開されていくのであろうか。
そこで『Twitter広告運用ガイド』(翔泳社)などの著書があり、SNSの最新事情に詳しいITジャーナリストの高橋暁子氏に、「いいね」数非表示化による現状の成果やユーザーの反応、今後迎えるSNSの変化について話を聞いた。
ライトユーザーに好評をもって迎えられた非表示化
まず、そもそもインスタやFBで「いいね」機能に関わる問題が発生し、非表示化テストが実施されるに至った背景から解説していただこう。
「インスタのユーザーには20代~40代ぐらいまでの女性が非常に多く、趣味嗜好の近いユーザーとつながりを持つ、自分の好きなものに関する情報を調べる、ファッション誌のように自分が興味のあるものを眺めるといった使い方がされています。一方で、FBは中年男性の利用者が多くなっており、実名制という特性もあって社会的なつながりを維持するために使われることがメインになっています。
『いいね』数を競い合うような状況が問題視され大きく注目されはじめたのは、『インスタ映え』が話題となり始めた2015、2016年くらいからでしょう。爆発的な人気を得ると同時に、悪評もまた高まっていったのです。特にインスタへの批判では、イギリスの王立公衆衛生協会が、インスタは若者の心の健康に最も悪影響を与えるSNSだという調査結果を発表したことが、大きかったと思いますね。
『いいね』の獲得数による問題以外にも、インスタではフォロワーや『いいね』の高値での売買やユーザー間でのいじめ行為、FBでも自殺や殺人の動画配信や、フェイクニュースの拡散といった問題が発生しています。それらの対策を講じるなかで、とりあえずできるところから対応しなければと考えた結果が、今回の非表示化テストにつながったのではないでしょうか」(高橋氏)
SNS時代を象徴するツールとなったものの、数多くの問題もまた抱えることとなったインスタとFB。先んじて開始されたインスタの「いいね」数非表示化テストはどのように行われ、どのような声がユーザーから寄せられているのだろうか。
「インスタの非表示化テストはまず5月にカナダから始まり、そのあとに国民性の違いを考慮して、インスタを非常に好んでいるといわれているオーストラリア、ブラジル、アイルランド、イタリア、日本、ニュージーランドでも7月から開始されました。
ジャストシステムが発表した2019年8月度の『モバイル&ソーシャルメディア月次定点調査』では、『いいね』を他人に見せず、自分の思うままに使えるようになった、投稿がしやすくなったと全体的に好評を得ていますね。
テストの範囲も、最初はごく一部の人を対象としていたのが徐々に広がっていき、対象国自体も11月にはアメリカで開始されるなど拡大を続けているので、インスタとしても今回のテストは成功していると捉えているのだと思います」(同)
非表示化で「いいね」機能の本来のあり方へ回帰?
一般のユーザーにとっては好意的に受け止められているという「いいね」数の非表示化だが、一方で気になるのは「いいね」を商売として利用するインフルエンサービジネスの動向だ。
「やはり『いいね』数を多く獲得することが常態化し、そのことを武器としていたインフルエンサーや、『いいね』数を稼ぐこと自体に楽しみを感じていた依存傾向にあるユーザーからは、今回のテストは歓迎されていません。
まだテスト段階なので、インフルエンサービジネスが変化を始めたといったことは起きていないようです。あるインフルエンサーを扱うマーケティング会社からは、別の指標があるので問題ないとも聞いています。しかし、インスタのCEOがインフルエンサーに新たな収益源を提供したいと発言しているので、例えばインスタから商品をダイレクトに購入できるようになり、その購入率が『いいね』数の代わりの指標となるような、新たなビジネスが生まれる可能性はあるでしょう。インフルエンサーの存在によって、インスタの利用時間やユーザーが増加したことは間違いありませんから、彼らに今とは違うかたちで還元したいという思いがあるようですね」(高橋氏)
「いいね」数の非表示化によって、「いいね」の数をユーザー同士が競い合うことがなくなり、「いいね」数を武器としていたインフルエンサーにも新たなビジネスモデルが提供されることとなれば、SNSは現在の状況から大きく様変わりすることになりそうだ。
「『いいね』の数が見えてしまうと、どうしても周りの人と数字を比較して、なんで自分はこんなに少ないんだろう、といった不安な気持ちが生まれてしまうもの。ですが、『いいね』をもらえたことで嬉しい気持ちになる、写真が素敵だから気軽に『いいね』をするというのは、当然ながら悪いことではないと思うのです。
実際に、前述の調査で利用者からは自分の感覚のままに、ほかのユーザーの目を気にせずに『いいね』機能を使えるようになったという声が上がっているので、SNSが当初目指していた『いいね』のあり方へと、今回の非表示化テストによって軌道修正されているのではないでしょうか。
ユーザーからの評判がよく、テストの範囲を次第に拡大していっていますので、まだテスト段階とはなっていますが、このまま実装につながる可能性は高いと思います」(同)
利用状況の健全化を意図して実施された「いいね」数の非表示化テストは、確実に成果を出しているようだ。いじめやフェイクニュースなど、いまだに多くの問題をはらんでいるSNSだが、承認欲求の加速にはようやく歯止めがかかるのではないだろうか。
(文=佐久間翔大/A4studio)