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日本の中小企業は、とっくにデジタル・トランスフォーメーションを実践している

文=佃均/フリーライター
日本の中小企業は、とっくにデジタル・トランスフォーメーションを実践しているの画像1「Gettyimages」より

「トランスフォーメーション(Transformation)」の第一義は、「(形態・外観・性質・状態などの)変化、変形、変質」、第二義は「(昆虫などの)変態」という。フォーメーション(陣容、編成)とトランスファー(トランス:向こう側、ファー:運ぶ=移動、転送、移転)が結びついた言葉と理解していいようだ。

 これに「デジタル」を加えた「デジタル・トランスフォーメーション」は、今年一番の“バズワード”になりそうだ。一言で定義するのは難しいが、クラウドコンピューティングやIoT(モノのインターネット)、AI(人工知能)、ビッグデータ、RPA(ロボットによる業務自動化)などの新しいICT(情報通信技術)が創出する変革という概念を意味する。

GDPを11兆円押し上げるという調査も

 IT業界では、コンピュータが産業界に普及し始めた1960年代から、バズワードがビジネスに結びついてきた。ユーザーがそれに踊らされて投資を拡大し、IT業界は利益を得た。トリック(まやかし)でもフェイク(偽造、模造)でもなく、程度の差はあれ、それらのバズワードは実現可能性が皆無だったわけではないからだ。

 また、IT業界では何かにつけ米国発の用語をアルファベット頭文字で略し、符号のように使用する。IoT、AI、RPAといった具合だ。デジタル・トランスフォーメーションなら「DT」、映画やアニメの世界で「トランスフォーメーション」が「TF」と略されているので「DTF」なのだが、交換・変換(Exchange)の意味を込めて「DX」が使われている。

 つい最近、マイクロソフトと市場調査会社のIDC Asia/Pacificは、「製造業のDXが、2021年までに日本のGDPを約11兆円、年間成長率を0.4%押し上げる」と発表した(『Unlocking the Economic Impact of Digital Transformation in Asia』より)。日本のGDPは18年が555兆円と予測されているので、11兆円なら約2%だ。

 この調査でもDXについて具体的な言及はないのだが、

・(A)データ収集→(B)製品やサービスの最適化→(C)ビジネスモデルの創成
・(1)顧客からの評判・ロイヤルティ・顧客維持率
・(2)生産性
・(3)利益性
・(4)コスト
・(5)新しい製品やサービスによる売り上げ

という3ステップ・5指標をあげている。

 3つのステップはビジネスのサイクルとして常識的なものだし、5つの指標のうち(1)~(4)は斬新なものではない。ユニークなのは「新しい製品やサービスによる売り上げ」ということになる。

 先日開かれたあるIT企業の決算発表で、「御社は何をもってユーザーにDXを提案するのか」という質問が出た。核心を突くいい質問だったので、記憶に残った。発表者の部門担当役員と質問者の間でやりとりがあって、最終的に落ち着いたのは「ネットにつながることで、製品やサービス、ひいてはビジネスに新しい価値を生む」だった。その程度のことを本気でDXと呼んでいるのなら、IT業界もレベルが落ちたものだ、という感想を持つ人がいるかもしれない。

既存のビジネスモデルを変えてこそDX

 DXはビジネスそのものを変える。そしてそれは、必ずしもクラウドやIoT、AI、ビッグデータの採用を意味しない。既存のITを的確に組み合わせれば、ビジネスの変革=DXは十分に可能だし、多額の投資が必要というわけでもない。いくつかの事例を紹介しよう。

【事例1】
 ここにコンクリート製品の専門メーカーがある。つくっているのは側溝のU字ブロックや土留めブロック、壁面を固めるウォール材などだ。土木工事業者に販売するだけでなく、自ら工事を受注することもある。需要先は河川・堤防、道路・鉄道、海洋・港湾、農業・林業と多様で、工事現場ではインターネットが使えないことが少なくない。

 そこでこのメーカーは、携帯電話で撮影した工事現場の風景画像をメールで送信し、工事の進捗状況を把握することにした。受注する前に必要な製品を準備し、いつでも出荷できるようにした。それだけのことだが、年を追って受注が増えた。工事業者にとって、かゆいところに手が届く「在庫センター」のような存在になったためだった。

【事例2】
 愛知県に本社を置くネジのメーカーが、大手製造業から「こういうネジはないか」と相談を受けた。ちょっと特殊なネジで、自社の製品にはない。同業他社に聞いて回ったところ、東大阪市の町工場がつくっていることがわかった。特殊用途のネジの需要は多品種少量なので、顧客は既製品を探すより特注したほうが早いと考える。

 ということは、特注するより安く、確実に特殊ネジが手に入るなら、ビジネスになるかもしれない、と考えた愛知県のメーカーは、自社と同業他社の製品をネット上に掲載し、注文を受けられるようにした。ネジ専門のECサイトをつくったのだ。これが評判となり、現在はネジのメーカーであるとともに、ネジの総合商社という役割を担うようになっている。ネジをつくる技術があればこそ、ビジネスモデルの転換が可能だった。

【事例3】
 石川県の自動車解体会社は、まだ十分に使えるエンジンやラジエーターのほか、エアコンやカーオーディオ、カーナビなどを取り出してメンテナンスし、中古の日本車がたくさん走っている中近東や東南アジアの業者に販売(輸出)するビジネスを始めた。最初は自社で取り扱う車両だけだったが、需要が急増したので、他の解体業者、中古車ディーラーから廃車を仕入れるネットワークを構築した。

 一方、輸出先が増えたので、輸出するのに必要な書類をアラビア語やスペイン語で適宜つくらなければならない。人の手で書類をつくったのでは時間もコストもかかるので、この会社は必要な事項を入力するだけで輸出申請書類が自動的に作成できるシステムを開発した。結果として、この会社はITを駆使して「ありがたい」ビジネスを展開することになった。

【事例4】
 福岡市のクリーニング店は、客が洗濯物を持ち込んでくるのを待つのでなく、こちらから取りに行く「出前」サービスを始めた。夜勤明けの人やお年寄りから好評だったので、さらに宅配クリーニングサービスを拡大するため、注文が入ると街を巡回しているデリバリースタッフの携帯電話に業務指示のメールが届くシステムを開発した。ITで無店舗のクリーニングサービスが実現した。

 それだけでなく、この店はシステムをサービス化して、インターネットを通じて全国の脱サラ起業者に提供することにした。現在は地元の福岡市で3カ所、関東、関西で計15カ所、フランチャイズでサービスを展開している。本業はクリーニング業だが、もう一つの顔はネット・サービス業でもある。

ちょっとしたことから始め、KPTで改善する

 上記事例が実現した背景には、従来型携帯電話(ガラケー)からスマートフォン(スマホ)やタブレットに移行したこと、SaaS(サービスとしてのソフトウェア)やASPがクラウドに発展していることがある。各事例で共通しているのは、IoTもAIも使っていないことだ。

 そして重要な点は、いずれも「思いついたのですぐやってみた」ということだ。最初から大きな構想で始めるのでなく、思いついた「ちょっとしたこと」を、身の回りの道具や手段で解決する方法を考える。同じことを繰り返しながら、KPT(「振り返り」によって業務を改善していくフレームワーク)で改善していく。ITの世界で流行り始めた「アジャイル開発」の考え方だ。

 ちょっとしたことにトライするのだから、時間もお金もかからない。うまくいかなくても諦めがつく。ただし手を抜かず、しっかり振り返りをする。

・こうしたらどうだろう(仮説)→すぐやってみる=スモールスタート(小さく産んで大きく育てる)→繰り返し+KPT→改善・改良

というプロセスなしに、いきなりDXに取り組もうとしても失敗するだけだろう。IoTAIもビッグデータもロボットも、しょせんは「道具」にすぎないのだから。
(文=佃均/フリーライター)

佃均/ITジャーナリスト

佃均/ITジャーナリスト

1951年9月、神奈川県生まれ。IT業界紙取締役編集長を経て、2004年からIT記者会代表理事として『IT記者会Report』を発行している。主な著作は『ルポ電子自治体構築』(自治日報社)、『日本IT書紀』(ナレイ出版局)、IT/ソフト産業の調査分析として『IT取引の多重取引き構造に関する実態調査』、『中堅企業向けERPにおける SaaS/SOAビジネス市場動向調査』、『地域の中小サービス事業者におけ るIT利活用状況及びサービス事業者に特有の課題の把握に関する調査』など。

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