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法社会学者・河合幹雄の「法“痴”国家ニッポン」第15回

「恩赦こそが理想の刑罰である」実は日々運用されている「個別恩赦」の有効性と厳罰化

法社会学者・河合幹雄

厳罰化が進む今、高まる恩赦制度の重要性

 昨今、わが国でも顕著に見られますが、刑罰というのは、大きな事件が起きるつど、どんどん重くなっていく傾向があります。例えば、2008年に秋葉原で7人が殺害された無差別殺傷事件では、凶器としてダガーナイフが使われたことから、翌2009年に銃刀法が改正され、刃渡り5.5センチ以上の両刃の刃物の所持が禁止されました。また、1988~1989年に埼玉県で発生した女子高生コンクリート詰め殺人事件や、2015年に神奈川県で発生した川崎市中1男子生徒殺害事件のような少年による凶悪犯罪が起きると、必ずといっていいほど少年法見直しの議論が巻き起こります。逆に、刑罰を軽くしたほうがいい、という主張に耳を傾ける人は、平時でもほとんどいません。その結果、厳罰化を望む国民感情のみが、刑法の条文に徐々に反映されていくことになります。

 しかし、そうして厳罰化していく条文の通りに法を運用すれば、先に述べたように、むしろ治安は悪化してしまいます。そこで、恩赦仮釈放という制度を上手に使って実質的には減刑し、再犯抑止などの実効性を担保するわけです。

 そして、現場でそういう運用が行われても、国民の懲罰感情への影響はほとんど考慮しなくていい。犯罪者が逮捕され、重罰を科せられたことは大々的に報じられますが、受刑者が刑期の途中で釈放されても大したニュースにはならないからです。

 わが国では、受刑者が仮釈放されるまでの平均期間は年々延び、無期懲役に至っては実質終身刑化しています。そのように厳罰化が進行する中、犯罪者の更生を促し、治安を維持していく上で、残されたもうひとつの“調整弁”である個別恩赦の重要性は、これまで以上に高まっているといえます。

 このように、恩赦というものが、現代においてもきわめて有用なシステムであることはご理解いただけたでしょう。もちろん、先に述べた通り、天皇の代替わりという前近代的な理由で実施される政令恩赦については、国民が違和感を覚えるのも理解できますし、実際問題、政令恩赦については運用停止や廃止を検討する必要があるかもしれない。

 しかし、恩赦という制度そのものは、刑事司法からこぼれ落ちる例外的なケースを救済するシステムとして、また、より汎用的に犯罪抑止力を高めつつ再犯を防止する治安維持システムとして、今後も維持していくべきなのです。

(構成=松島 拡)

河合幹雄

河合幹雄

1960年生まれ。桐蔭横浜大学法学部教授(法社会学)。京都大学大学院法学研究科博士課程修了。社会学の理論を柱に、比較法学的な実証研究、理論的考察を行う。著作に、『日本の殺人』(ちくま新書、2009年)や、「治安悪化」が誤りであることを指摘して話題となった『安全神話崩壊のパラドックス』(岩波書店、2004年)などがある。

Twitter:@gandalfMikio

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