反自民層という基調だけを見ると、彼らの多くは「塊の世代」ということがよく言われるが、その団塊の世代、昭和22年から昭和24年の3年間に生まれたのは806万人。その影響下にある世代(安保闘争世代)で、昭和26年までの生まれを含めても1082万人ということになるのである 。この数が、大体今回の票数と近似値になるところが数字のアヤなのかもしれない。もちろん、この数字が完全にイコールではない。団塊の世代であっても投票に行った人もたくさんいることは間違いがないし、また、ほかの世代でも、今回投票に行かなかった人は少なくないだろう。しかし、このように数字を見てみると、近似値が出てくるというのが面白いところなのである。
●第三極を詳細に分析してみる
さて、最後に第三極について解説を伝えておく。
第三極とは、「与党民主党でもなく野党自民党でもない層」という意味である。逆に言うと、それ以上の意味が存在しない。日本の場合、55年体制のときは「保守(右)」「革新(左)」という2つのイデオロギーがあり、その間に「中道」を標榜する政党があった。民社党などがその代表格とされていたのである。しかし、小選挙区制になって、ひとつの選挙区で1人しか当選できなくなったことから、実質的に二大政党制になり、イデオロギーにかかわらず、与党か野党か、に政党が分けられる政治体制になったのである
だが実際には、政治家が政策を出している以上、政党には何らかのイデオロギーが反映されている。そこで、図のような政党の配置とそれに対する支持層が出来上がり、政党がそのイデオロギーによって確立していることから、政党支持者(固定票)という人々が存在するのである。
さらに図を見ると、その各第三極政党を支持する層の横には、常に無党派層が存在している。特に、民主党から離れてできた各政党は、第三極と名乗りながらも、常に民主党の支持層の近くにいることがよくわかる。一方、自民党から派生した第三極である「旧太陽の党」と「旧大阪維新の会」は、まさに自民党の左右の思想の端にいるのがわかるだろう。
今回の選挙では、その三極政党でも明暗が分かれた。日本未来の党は元民主党出身者が多く、新鮮味がなかったことが有権者に嫌われたといわれている。しかしそれだけではなく、その主張している政策が、共産党や民主党などほかの政党と重なってしまったことによって、第三極でありながら独自性がなくなったということが挙げられるのである。
一方、日本維新の会は、石原慎太郎代表と橋下徹代表代行が順次出演し、イデオロギー的に保守の人も革新の人も両方取り込めるような主張を行っていた。丁度、民主党政権において、旧民主党と小沢一郎氏が率いる自由党が連合した「民自合併」のような状態になっているのだ。民主党が前回の政権交代選挙で圧勝したのもまた、今回の日本維新の会が大躍進したのと同じ「明確なイデオロギーを見せずにおいて、無党派層への対応をしたこと」がその要因であるということになる。あとは、選挙後に意見の統一が図られればよいが、実は、双方が「自分の対応が有権者に受け入れられた」と考えることから、お互いに主張を譲ることがないので、結局、民主党のように分裂する可能性が大きいことを記しておく。