公職選挙法や政治資金規制法に違反している疑いがある、安倍首相主催の「桜を見る会」。疑惑について国会で議論されている最中の1月31日、安倍首相のお膝元である山口県下関市で、市民によるシンポジウムが開催された。シンポジウムのテーマは「桜を見る会疑惑」と「下関市立大学私物化」。会場の下関市民会館の中ホールは、350人の市民で満員となった。
下関市は「桜を見る会」疑惑における重要な土地だ。安倍首相の事務所が、下関市などの地元後援会員を数百人規模で「桜を見る会」に招待していた。公式行事の私物化ともいえるこの行為を擁護しているのが、安部首相の元秘書、前田晋太郎下関市長。昨年11月18日の定例記者会見で「何十年も応援した代議士がトップを取り、招待状が届いて、今まで応援してきてよかったなって、いいじゃないですか」などと発言し、全国から批判を浴びた。
この前田市長が主導しているのが、下関市立大学の「私物化」と言われる事態だ。経済学部しかない下関市立大学に、2021年4月から特別支援教育や、障害のある子どもと障害のない子どもがともに学ぶインクルーシブ教育について研究する専攻科を設置し、それに伴って教授ら数人の教員を採用することが昨年6月に決まった。専攻科は1年制の大学院のようなものだ。
問題なのは、専攻科設置と採用が、大学の定款で定めている資格審査を経ずに、前田市長の要請によって強引に進められたことだ。その手法に専任教員の9割が反発。文部科学省も「規程に沿った適切な手続きを採ることが必要」とする「助言」を昨年8月に行った。
すると前田市長は、学内の審査がなくても教育研究に関することや、教員の人事・懲戒などを理事会の審理だけで可能とする定款変更の議案を、昨年9月の市議会に提案。議案は市長派の議員によって可決された。理事長は下関市の元副市長であり、この行為は事実上、前田市長と市議会による大学の自治の破壊といえる。
シンポジウムには、前田市長による下関市立大学の私物化に異を唱える識者が集結した。元東京地検特捜部の郷原信郎弁護士、元文部科学省官僚の寺脇研京都造形芸術大学教授、それに作曲家・指揮者の伊東乾東京大学准教授。3人は「桜を見る会」とは政治家による私物化という意味で共通する、下関市立大学の問題点を指摘し、「見逃すことができない大学破壊」だと断じた。シンポジウムの一部を、3人の発言から見ていきたい。
「違法ではない」からと言って許されるのか
郷原氏はまず講演に登壇し、「桜を見る会」と「下関市立大学の私物化」を考えるうえで、コンプライアンスと法令遵守を結びつける考え方をいう発想を、頭の中から取り除いてほしいと説明。「法令に違反しなかったら何をやってもいいという考え方が組織の私物化を許すことになる」と訴えた。
その上で、学内の審査を経ることなく、市の主導で教授などの採用を行うことを合法化した定款変更は、政治権力による「大学破壊」だと述べた。
専攻科の設置と教員採用のきっかけは昨年5月。前田市長が大学の理事や管理職を市長応接室に呼び集めて、ある研究者を大学に招き入れたいと話したことだった。前田市長は「すごく人間味があって情熱的」「下関の何か役に立ってくれる方になりそう」などと発言。すると学内のルールを無視して、わずか3週間後にこの人物が教授に就くことなど、あわせて3人の採用が内定した。
郷原氏は、「これでは大学は下関市の部局みたいなもの。大学はなんのためにあるのかを無視している。前田市長は桜を見る会の安倍首相による私物化を公然と擁護するような人物です。このような人物が主導して行う大学改革を許していいのでしょうか」と市民に問いかけた。
下関市立大学だけの問題ではない
続いて開かれたパネルディスカッションでは、寺脇氏と伊東氏が参加し、郷原氏がモデレーターを務めた。
下関市立大学は、国立大学が独立行政法人化したことを受けて、学内の議論の末に、2007年に公立大学法人に移行した。定款が変更されるまでは、教育や人事などの重要な内容は、学内の教授らで構成される教育研究審議会の審査を経て決定していた。それが定款変更によって、下関市の意向と、元副市長がトップを務める理事会の決定だけで教育も人事も決められるようになってしまったのだ。
寺脇氏によると、文部科学省はそもそも国立大学を法人化する考えは持っていなかったという。ところが、2001年から2006年まで続いた小泉内閣で、国立大学を民営化する案が浮上。そんなわけにはいかないと、落とし所として独立行政法人化が決まったと説明した。大学の経営者が好き勝手に経営できないように、独立行政法人化することで歯止めをかけた形だ。
その上で寺脇氏は「法律には違反していないからといって、なんでもできるようにすると、経営者が好きなようにできる。これは下関市立大学だけではなく、他の国立大学や公立大学でも問題になっている」として、「どこで食い止めるのかを、国民のみなさんにわかってもらわなければいけない」と警鐘を鳴らした。
また伊東氏は、「学術的な水準を守るためには、教授会や学内審査などの仕掛けが必要不可欠」と述べ、教授会が軽い扱いになった下関市立大学の状態について、「教授会をないがしろにしてしまうと、大学は本当に大学でなくなる」と危惧した。
さらに、経済学部しかない大学に特別支援教育の専攻科を設置することについては、「1人の先生と数人のスタッフ以外は誰もわからない専攻科をつくって、そこで出す学位は信用できるのでしょうか。学位としてほとんど意味のないものを出せば大学の自殺であり、学術的なガバナンスが完全になくなってしまう」と批判した。
下関市立大学では昨年12月、前田市長や理事長の意向を受けて専攻科設置と採用人事を進めた学長の解任を、教育研究審議会が議決。現在、学長の解任を学長選考会議で議論しているが、結論が出る見通しは立っていない。そのなかで今年1月、専攻科の教授に内定している人物が、大学の理事に就任する不可解な事実も判明した。郷原氏は「下関市の介入がどうして正当化できるのか疑問。大学版桜を見る会問題として注目すべき問題だ」と話している。
(文=田中圭太郎/ジャーナリスト)