新型コロナウイルスの世界的流行はテレビドラマにも大きな影響を与えており、新作ドラマの多くが撮影休止に追い込まれている。
そんな中で、大きな注目が集まっているのが再放送である。今まで再放送というと夕方や深夜枠だったが、現在は19時から23時という民放地上波のプライムタイムでも再放送に入れ替わっている。制作休止という状況は、常に新作を送り出してきたテレビ局と番組制作者にとっては大打撃であるが、こういう時期だからこそ、今までの体制を改めて見直す契機だとも言える。
再放送のたびに出演俳優やドラマ製作者に許諾の際の使用料が支払われることが習慣化すれば、今回のような不測の事態にも対応することができる。そもそも、テレビドラマに限らず、映画やアニメといったあらゆる創作の分野で予算削減とスケジュールの過密化が進んでいる。一本一本の制作費が少ないからこそ、複数の作品の掛け持ちをしなければならなくなり、その結果、現場に余裕がなくなり、作品のクオリティが下がる、という悪循環があらゆる場所で進んでいる。
コロナ禍が顕在化させる以前から、この問題は深刻だった。だからこそ、この機会に薄利多売の状況と、作品スタッフの契約状況を見直し、一人ひとりが物理的にも精神的にも余裕を持ってものづくりに取り組める環境を立て直すべきなのだ。
また、再放送が常態化することには、視聴者のリテラシーを高める効果もある。アニメでは、宮崎駿監督を筆頭とするスタジオジブリのアニメ映画を『金曜ロードSHOW!』(日本テレビ系)で放送し続けていることは、アニメに対する日本人のリテラシーを大きく高めているが、テレビドラマも優れた作品ならばプライムタイムで何度も再放送してもかまわないし、視聴者の目が肥えていけば自ずと作品のレベルは上がっていくはずだ。
残念ながら現在、再放送されている作品の多くは新作として放送される予定だったドラマの宣伝目的のものや近過去のヒット作ばかりで、そのチョイスに作り手の意思表示が見受けられるという状況ではないが、そんな中で頭ひとつ抜きん出ているのが、日本テレビ系の「土10」(土曜夜10時枠)で放送されている『野ブタ。をプロデュース』(以下、『野ブタ。』)である。
2020年に『野ブタ。』が再放送される意味
局としては、放送予定だった『未満警察 ミッドナイトランナー』と同じジャニーズアイドルのバディモノだから程度の意図しかなかったのだろうが、このコロナ禍の中で『野ブタ。』を放送することの意味はとても大きい。
『野ブタ。』は白岩玄の同名小説を木皿泉脚本で映像化した、2005年の学園ドラマだ。
「この世の全てはゲームだ」とシニカルに構えてクラスの人気者を演じる高校生・桐谷修二(亀梨和也)が、変わり者の草野彰(山下智久)と共に、いじめられっ子の転校生・小谷信子(堀北真希)の“野ブタ”を陰からプロデュースすることで人気者に仕立て上げようとする物語は、さながら学校を舞台にした『マイ・フェア・レディ』とでも言うような展開だ。おもしろいのは3人の関係性で、後半に進むに従って、めきめきと成長していく彰と野ブタに対して、器用貧乏な修二は疎外感を抱くようになっていく。
15年前の作品だが、時代を感じるのは、登場する携帯電話がスマホでなくガラケーなことくらいで、基本的な部分はまったく古びていない。逆に、15年前にこんな現代的なテーマを扱っていたのかと改めて驚かされる。
本作で修二が目論むプロデュースとは、一種のイメージ戦略だ。陰気ないじめられっ子の野ブタを、クラスメイトに意外とかわいいとか意外とおもしろいと好印象を与えることで人気者に変えようとするのだが、その戦略はうまくいったかと思うと、思いがけない方向に話が進んでしまったり、逆に野ブタに対して敵意を持つ別の人間からネガティブキャンペーンを浴びることもある。
つまり、ポスト・トゥルース、フェイクニュースといった言葉に象徴されるような、現在のSNSで起こっている虚実入り混じった情報戦が教室の中で展開されているのだ。
これは白岩玄の小説が持っていた先見性だが、そのような何が正しくて何が間違っているのかわからない教室の現実を踏まえた上で、若い子たちはどうやって生きていけばいいのかという返答を、木皿泉が提示していることが何より素晴らしい。
このあたりは終盤まで観なければわからないので、ぜひ日テレには、土10でなくてもいいので最終回まで地上波で放送してほしい。このような複雑なテーマを扱った哲学的な作品を、ジャニーズアイドル主演の学園ドラマで木皿泉脚本でつくる余裕が15年前のテレビドラマにはまだあったのだと知る上でも、今こそ観る価値のある作品である。
近年、「Hulu」などの有料ネット配信では過去作のアーカイブ化は進んでいるが、地上波のプライムタイムだからこそ届く視聴者層もいる。だからこそ、プライムタイムの再放送は大歓迎である。放送当時は視聴率が取れなかった埋もれた名作や、クラシックとなっている山田太一や向田邦子の過去作の放送も望む。
(文=成馬零一/ライター、ドラマ評論家)