「接待賭けマージャン」疑惑を「週刊文春」(5月28日号/文藝春秋)で報じられた東京高検検事長の黒川弘務氏 が、法務省の聞き取り調査に対し賭けマージャンをしたことを認め、辞表を提出した。
黒川氏が賭けマージャンに興じた5月1日と13日は、緊急事態宣言下で不要不急の外出を自粛し、「3密」を避けるよう要請されていた最中である。しかも、検察庁法改正案が国会で審議され、自身の定年延長が物議を醸していたのだから、通常の感覚であれば、普段以上に行動を慎むはずだ。にもかかわらず、密閉空間で4人が密集し、密接な距離で卓を囲むマージャンを、お金を賭けてやっていたのだから、余程やめられないのだろう。
「文春」の報道によれは、黒川氏は昔から複数のメディアの記者と賭けマージャンに興じており、カジノでのギャンブルも好むらしい。一連の報道が事実とすれば、黒川氏はギャンブル依存症の可能性が高い。
ギャンブル依存症は「かつての自慰衝動の代替物」
検察官の黒川氏が、賭けマージャンはたとえ少額でも賭博罪に該当することを知らないわけがない。また、司法試験に合格して、検察ナンバー2にまで登り詰めた超エリートがギャンブル依存症だなんて信じられないという方も多いかもしれない。
だが、頭脳や学歴にかかわらず、ギャンブル依存症になる人はなる。たとえば、東大法学部出身で、大王製紙取締役社長さらには会長を務めていた井川意高氏は、カジノでの使用目的で子会社から総額106億8000万円もの資金を借り入れた事実が発覚して、会長辞任に追い込まれた。そのうえ、会社法違反(特別背任)の容疑で東京地検特捜部に逮捕され、懲役4年の実刑判決を受けて服役した。
井川氏は「仕事のせいでギャンブルにはまったわけではなく、私は単純にギャンブルが好きだったのだ」と告白している(『熔ける 大王製紙前会長 井川意高の懺悔録』)。
同じようにギャンブルが好きでたまらず、破滅の淵に追い込まれた人は、天才にも少なくない。たとえば、ロシアの文豪ドストエフスキーは、ドイツで賭博に熱中し、ズボンを質に入れるほどだった。彼は、賭博で勝てば、債権者によって投獄されずにロシアに帰国できるという口実を利用して、賭博にのめり込んだのである。
このような賭博への熱中、つまりギャンブル依存症は、フロイトによれば、「かつての自慰衝動の代替物」である。両者の共通点として、フロイトは次の4つを挙げている。
1) 誘惑の抗しがたさ
2) 二度としないという聖なる決意が決して守られないこと
3) とろけるほどの快感
4) 自分が破滅するのではないかという疚しき良心
賭けマージャンが発覚すれば、破滅することを黒川氏はわれわれ以上によく知っていたはずだ。それでもなかなかやめられなかったのは、井川氏と同様に「ギャンブルが好きで好きでたまらなかった」からだろう。その理由として、フロイトが挙げた自慰衝動との4つの共通点があるのではないだろうか。
黒川氏と一緒に賭けマージャンをした記者は「イネイブラー(支え手)」
見逃せないのは、黒川氏と一緒に賭けマージャンに興じた産経新聞社会部の2人の記者と朝日新聞の元検察担当記者が「イネイブラー(支え手)」の役割を果たしていることである。
「イネイブラー」は、依存症患者の周囲に必ずといっていいほど存在し、結果的に依存症を悪化させる。その典型が、薬物依存症やアルコール依存症の患者に薬物・酒を購入するお金を渡す母親あるいは妻だろう。
何のためにそんなことをするのかというと、依存症患者を自分のもとにつなぎ止めておくためだ。本人が依存症から回復して自立すると、自分から離れていくかもしれないので、それを防ぐために薬物や酒を購入するお金を渡す。だから、共依存関係に陥っていることが多い。
今回報じられた記者たちも、「イネイブラー」の役割を果たしており、黒川氏と共依存関係にあったと考えられる。記者たちからすれば、情報提供を受けるために黒川氏をつなぎ止めておきたかったのだろう。
ある意味では、黒川氏のギャンブル依存症を利用して情報を得ようとしたともいえる。このような関係が長年続いてきたのだとすれば、背筋が寒くなる。
(文=片田珠美/精神科医)
参考文献
井川意高『熔ける 大王製紙前会長 井川意高の懺悔録』幻冬舎文庫2017年
ジークムント・フロイト『ドストエフスキーと父親殺し/不気味なもの』中山元訳 光文社古典新訳文庫 2011年