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小笠原泰「日本は大丈夫か?」

定年、事実上の廃止へ…年金支給開始を70歳に引き上げ検討、70歳まで雇用努力義務か

文=小笠原泰/明治大学国際日本学部教授
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「Getty Images」より

・想定以上に早い少子化

 2019年の出生児数が86.4万人となり、予想より2年も早く86万人台となり話題になった。令和婚などの影響があり持ち直すという楽観的な政府関係者の意見もあるが、19年の婚姻件数は58.3万組で前年比0.59%減であるし、月別の出生数を見ても令和改元の恩恵は伺えない。

 出産適齢期(25〜39歳)とされる女性の人口が年々減っており、たとえ合計特殊出生率が多少改善しても、新生児数の減少に歯止めをかけることは難しいと考えるのが現実的であろう。

・加速化する人口減少

 一方、総人口の減少も加速化している。総人口は2008年をピーク(1億2810万人)に毎年減少しており、19年には、出生数が死亡数を下回る人口の「自然減」が51万2000人(鳥取県の人口にほぼ等しい)と初めて50万人を超えるとの推計値を厚生労働省がだしている。この減少は加速し、40年には減少数は100万人台(富山県の人口規模)に入り、総人口は1億1000万人程度となると予測されている

・止まらない超高齢化

 18年には、75歳以上の後期高齢者人口が、65歳以上75歳未満の前期高齢者人口を上回った。現在、約7人に2人が65歳以上、1人が75歳以上であるが、55年には5人に2人が65歳以上、4人に1人が75歳以上となり、この75歳以上人口比は固定化する。また、「50%生存年齢」を見ると、現在61歳の人(1958年生まれ)の男性は89.0歳、女性は96.1歳とある。

 この3つの現象を見るに、現役世代が高齢者を支える賦課方式をとる現行の高齢者社会保障制度は、急速に機能しなくなると考えるべきであろう。

経済は成長しないと考えるべき

 このような人口動態予測を前提に置けば、経済成長を唱えざるを得ないのは十分に理解できる。なぜなら、経済成長が難しいと認めることは、高齢者社会保障制度は維持できないことを認めるに等しいからである。

 12年の就任以来、8年目に入った安倍政権は常識を無視し、なり振りかまわず3本の矢による経済成長策を実行しようとした。安倍政権の指示でリフレ派の理論に則った黒田東彦日銀総裁による異次元の量的質的金融緩和政策(QQE)によって、2%程度のインフレを起こし、名目金利と実質金利の逆転現象(デフレ)の解消と、金融政策の正常な機能化を目指した。

 しかし、結果は2%のインフレ目標には達せず、景気は回復軌道に乗らず、ゼロ・マイナス金利政策も副作用のほうが顕著になり、金融緩和政策の再考が問われているのが現状である。

 確かに、量的緩和と低金利による円安や、質的緩和として日銀が国債に加えてETFなどの金融商品を購入し、企業の株を間接的に保有したことによる株高で、日本企業の業績は好調となり、一見すると好景気に見えた。だが、日本企業の競争力が高まった結果ではない。経営者もそれを認識しているので、安倍政権が介入するまで従業員の給与を上げなかった。

 一方、政府による財政政策で経済成長軌道へ回帰せず、景気の下支えに始終し、財政赤字が拡大して赤字予算が膨張する結果となった。安倍政権下の日本経済をマクロにみれば、東日本大震災の11年以降のデフレ圧力もあり、ほとんど成長していないのが現実であり、潜在成長率も1%未満と低い状況のままである。これに、今回のコロナ襲来は、2020年のマイナス成長という追い打ちをかけることとなるであろう。そして、終わらぬデフレのおかげで、MMT理論支持者の喜ぶ異次元の財政出動を行えるわけだが、解消の可能性の極めて低い累積財政赤字のいっそうの拡大は避けられない。

 だが、この9年間において、もし安倍政権以前のように政権が次々と交代していれば、日本経済はマイナス成長であった可能性が高い。その意味で、我々は安倍政権という長期政権が日本経済の現状を維持していることに感謝すべきであろう。

 これをふまえ国民としては、日本経済は成長ではなく現状維持が精一杯であること、そして変化が重要と政府を筆頭にいうが、高齢者が多く、法制度と規制が隅々まで確立している社会は変化に否定的で、変化適応のスピードは極めて遅いということを自覚すべきであろう。そして、これを前提に社会保障制度維持の財源を考えていくべきであろう。

政府が考えている財源

・申し訳程度の応益負担と応能負担のいっそうの強化

 政府も社会保障制度維持のための財源を考えていないわけではない。かなり強硬に実施した消費税率の2%引き上げはそれである。その一方で、高齢者の社会保障制度改革が喫緊の課題であるが、自民党の重要な支持基盤である高齢者を敵にはまわせないので、全世代型社会保障改革といわざるをえないのが現実であり、財源無視のバラマキになりがちではある。

 依然として財源確保の基本手段は、応能負担を掲げた富裕層(高齢者も含む)や現役会社員、それも大企業会社員という取りやすい者の負担増を行うことである。

年金給付年齢の引き上げと事実上の定年の廃止

 政府はそれに加えて、年金の受給開始年齢を引き上げることで年金財政負担を軽減しようとしている。受給開始年齢は現在65歳への移行中であるが、政府はそれを70歳にすることを検討している。しかし、現在の65歳への年金支給年次の引き上げを見てもわかるように、その移行にはかなりの時間がかかる。

 そのため、政府はまず会社員の定年延長を目指している。現在は65歳までの雇用を義務化しているが、その次が今回の70歳までの雇用の努力義務化であり、早晩義務化されるだろう。政府は、年齢にかかわらないエイジレス社会を謳っているが、企業に年金開始までの間の年金支給の肩代わりを強要しているわけである。事実、60歳からの再雇用の賃金は基本的に横並びで、額は再雇用前の50%前後と年金の所得代替率に近い。

 歴史的に日本の社会保障は、企業と家族の大きな負担を前提に成り立っており、政府は企業が社会保障の一端を担うのは当然と考えている。しかし企業側は、70歳までの雇用義務化は事実上の定年の廃止であり、定年とセットである終身雇用を見直すとしている。すでに企業は、黒字でも早期退職プログラムという名のリストラを中堅層に対しても行い始めている。

 加えて、現在の横並び的な生活給的年功序列型賃金体系から能力給に移行し、給与差が拡大するであろう。これは、60歳からの再雇用についても当てはまる。企業に40年近く勤めていれば、企業は各人の能力とスキルを十分に評価できるので、お金を払っても退職を願う人材とそうではない人材を選別するのが当然である。日本企業の給与体系は60歳までで完結するよう設計されているので、60歳で給与をゼロベースで見直すのは理にかなっている。

 しかし、再雇用される側はこの賃金の成り立ちを十分に理解していないので、多くの再雇用者は賃金が下がって当たり前なのだが、自分は不当に下げられたと不満を述べる。年金の代替と考えている政府にとっては、企業への貢献度を無視した現状の横並び的な再雇用後の賃金は好都合であるが、能力のある高齢者のモチベーションを考えると企業にとっては損失である。もし70歳までの雇用延長の努力義務化が終身雇用制度の解体をもたらすとすると、政府の財源政策にとっては大きな誤算になるのではないか。いずれにせよ、終身雇用解体の影響を被るのは、現役、それも若者であろう。

・社会保険料収入の拡大策

 政府は社会保険料収入の拡大のための施策もうっているが、それが現在議論されている年金関連の制度改革である。今回の年金制度改革の主要な柱は以下のとおり。

(1)短時間労働者への被用者保険適用要件の拡大

(2)65歳未満の在職老齢年金の見直し

(3)繰り下げ受給可能年齢の選択肢拡充

 財源確保への直接的貢献策は、(1)の短時間労働者への被用者保険適用要件の拡大である。その内容としては、従来被用者保険(社会保険料負担が労使折半となる健康保険や厚生年金保険)の適用外だった短時間労働者(週30時間未満)に対し、その要件を見直して適用対象を拡大するものだ。

 すでに16年10月から従業員数500人超の事業所に限って、短時間労働者への適用を義務付ける制度が導入されている。今回は、強制適用とする事業所を従業員数の規模要件を22年10月に従業員数100人超、24年10月に従業員数50人超にまで拡大することが主眼である。今回の改正で見込まれている新たな適用者数は、100人超への緩和で45万人、50人超への緩和で65万人とされている。

 政府は今回の改正で、被用者保険に加入することで、(1)老後の年金受給額が増える(基礎年金に厚生年金が加わる)、(2)就業不能時に健康保険から所得補償が受けられる(傷病手当金)といった利点があるとしているが、政府の思惑は、将来の支払いではなく、目先の社会保険料収入増である。社会保険料負担は労使折半となっているので、企業にとっても負担増となる。

 このように政府は、あの手この手と超高齢社会に向けて社会保障財源の拡大に腐心しているわけであるが、それで財源問題が解決するほど、現在の高齢者社会保障制度の財源の問題は生半可なものではない。

(文=小笠原泰/明治大学国際日本学部教授)

小笠原泰/明治大学国際日本学部教授

小笠原泰/明治大学国際日本学部教授

1957年生まれ。東京大学卒、シカゴ大学国際政治経済学・経営学修士。McKinsey&Co.、Volkswagen本社、Cargill本社、同オランダ、イギリス法人勤務を経てNTTデータ研究所へ。同社パートナーを経て2009年より現職。主著に『CNC ネットワーク革命』『日本的改革の探求』『なんとなく日本人』、共著に『日本型イノベーションのすすめ』『2050 老人大国の現実』など。
明治大学 小笠原 泰 OGASAWARA Yasushi

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