そのため、既存部門が好況時に人員削減をして収益性をあげる。好況時であれば、会社を辞めた労働者も新しい仕事を見つけやすい。また、優秀な人材がベンチャー企業などに流れ出るので、新規部門の成長性も高くなる。つまり、既存ボリューム部門の収益性があがり、新規成長分野の成長性も高い。賃金が上昇して経済成長もするが、失業率の揺れ幅と経済格差は大きくなる、「ワイルドで元気な世界」になる。
日本の雇用・賃金システムは、解雇が困難な「雇用調整困難」型で、賃金カットが受け入れられやすい「賃金柔軟」型である。雇用の流動性は、正規社員では低く、非正規社員や女性で高い。大企業が多い既存の部門は、米国のように好況時に人員削減による効率化を行い収益率を向上することができない。また、教育訓練を受けた人材が、既存部門からベンチャー企業などの新規の成長分野に流れ出ないので、成長率も確保できない。
従って、既存部門の収益力が伸びず、新規分野の成長性も低く、賃金が下がりデフレになる。デフレが続くと、企業は経済危機に備え内部留保を増やし、解雇しにくい正規社員の採用を抑制し、非正規社員を増やす。結果として、失業率は米欧に比べて低いが、収益性も成長性も低く、「優しげだけどダメな世界」になっている。
ドイツの場合は、解雇がやや困難で、賃金カットは受け入れられない、「雇用調整やや困難」「賃金硬直」型である。雇用の流動性は、職種主義なので同一職種の別会社への転職はよく行われている。この場合は、既存部門の収益率は高くなるが、新規部門の成長性は低い。賃金は上昇するが、失業率は高い。労働者が専門性を磨き、優れた経営の会社を渡り歩くことにより社会が成長し、本人も報われる「職人気質の世界」だ。
ちなみに、同じヨーロッパでもデンマークなどの北欧は、ドイツと少し異なる。高成長と高福祉を両立させた成功例としてよく取り上げられるデンマークの「ゴールデントライアングル」は、次のような特徴だ(『北欧モデル』<翁百合・山田久他著/日本経済新聞出版社>p.56より)
(1)流動性の高い労働市場
(2)手厚い失業保険
(3)積極的労働市場政策:失業者に対する積極的な職業訓練
ドイツ、米国との違いを言えば、流動性についてはドイツ以上で、米国と変わらないくらい高い。解雇が容易なところはドイツと異なり、解雇された人に対する手厚いセイフティーネットを用意しているところがアメリカとは異なる。失業者に対する職業訓練も、座学だけでなく、企業との協力を得て現場でのOJTも取り入れている。