花巻空港からJR東北本線・花巻空港駅まで歩いてみた…宮沢賢治の私塾跡で日本文学を思う
東北6県には、合計で9つの空港がある。空港が2つあるのはいずれも日本海に面した青森・秋田・山形の3県。比較的人口の少ない県に複数の空港があることは不思議な気もするのだが、これは新幹線の開通が遅かったことが影響しているのだろう。東北新幹線の沿線である、岩手・宮城・福島の3県には、それぞれ空港はひとつずつだ。
岩手県唯一の空港である花巻空港(いわて花巻空港)が供用開始されたのは1964年。当初から民間機用の空港として造られた。県のほぼ中央に位置しており、県庁所在地の盛岡市からは直線距離で約30kmと、やや離れている。
岩手県の人口構成は、盛岡市が約29万人と最も多く、約11万人の一関市と奥州市(旧水沢市、江刺市など)、約9万人の花巻市と北上市が続く。空港から見て、盛岡市が北に、一関市と奥州市が南に、花巻市と北上市は近隣に位置する。県営空港ということもあり、立地的なバランスが取られているかたちだ。
就航している路線は札幌新千歳便、名古屋小牧便、大坂伊丹便、福岡便のほか、台湾の台北桃園便が設定されている。2018年の年間利用約数は約48万人。1997年に記録した年間利用客数約55万人には及ばないものの、2010年の約25万人に比べれば、かなり盛り返しつつある。
花巻空港からどの駅まで歩くべきか、今回は少々迷った。ターミナルビルからの直線距離では、JR釜石線の似内(にたない)駅が約1.6kmと最も近い。だがJR東北本線には、その名もズバリ「花巻空港駅」という駅があるのだ。ターミナルビルからは約2.5kmとやや距離があるものの、滑走路からの距離はこちらのほうが近い。
さらに、東北新幹線が停車する新花巻駅は約3.4km、市の中心駅である花巻駅は約4kmと、これらも候補としては捨てがたい。最終的には、後述するアクセスの関係から、花巻空港駅まで歩いてみた。
花巻空港までのアクセスは、基本的にバスだ。盛岡駅からは直行バスが、フライト時間に合わせて設定されている。料金は1430円だが、2枚綴りの回数券が2500円で販売されているため、往復共に空港を利用するのであれば、実質的に1250円で利用できる。所要時間は45分だ。
このバスが、花巻空港駅にも停車する。つまり県南部の一関市や奥州市からは電車で花巻空港駅に向かい、ここでバスに乗り換えるというシステムになっている。三陸地方の釜石市などからも同様だ。花巻空港駅から花巻空港までは300円で、所要時間は7分だ。さらに、空港に比較的近い北上市からは、路線バスも運行されている。
疑問に思ったのが、立地している花巻市内からのアクセスが、さほど良くないことだ。花巻駅や新花巻駅から空港への直行バスは存在しない。花巻駅からは東北本線で花巻空港駅へ向かい、バスに乗り換えて空港へ向かうという、他地域と変わらぬアクセス方法となる。新花巻駅からはさらに、釜石線で花巻駅へ向かうというステップが追加される。いずれも時間帯によっては、花巻空港駅で20分以上の乗り換え待ちが発生する。
空港の駐車場は最大1150台収容で、料金は無料なので、近隣の方は車で来るのだろう。しかし、地元から公共交通機関を使ったアクセスがこれほど難しい空港は珍しいのではないだろうか。
花巻空港からJR東北本線・花巻空港駅まで3.8kmを歩いてみた…宮沢賢治ゆかりの私塾跡「賢治先生の家」に立ち寄る
花巻空港の現在のターミナルビルは、2009年に完成した2代目。1階にチェックインと到着ロビーが、2階に出発ロビーやレストラン、物販店が揃う、地方空港にオーソドックスなつくりだ。県内の食材を使用しているという「レストラン安比高原」がひときわ目を引いた。
ターミナルビルを出ると、広大な駐車場を抜ける。花巻空港は高台に位置しているため、右手には配送センターや工場、正面には田園風景が広がり、その奥側には北上川が流れる様子が見てとれる。
アクセス道路を下って左に曲がり、滑走路に沿って北へ向かって歩いて行くと、ただただ芝生が広がる広大な緑の広場が出現した。北側には小高い丘もあり、広場や空港内部、滑走路が一望できた。
さらに滑走路沿いを歩いて行くと、広々としたグラウンドが現れ、その奥に岩手県立花巻農業高等学校が見えてきた。農業高校らしい匂いがほのかに漂うなかをさらに歩いて行くと、「賢治先生の家」という看板を見つけた。
花巻市の出身である詩人・童話作家の宮沢賢治は、花巻農業高校の前身にあたる花巻農学校の教諭として5年弱、教鞭を執った。退職後に祖父の隠居所として建てられた別宅を改造して、自給自足の生活を始めたのだが、そこで設立したのが「羅須地人(らすちじん)協会」という私塾だった。
この建物は没後に人手に渡ったのちに移築されたのだが、花巻農業高校が現在地に移転した際に、その敷地内にこの建物がほぼ昔のままのつくりで健在だったという。建物が移築された場所に、たまたま学校も移転したということで、同窓会などが尽力して復元されたようだ。
自由に入れるようなので見学させてもらったが、実に趣のある2階建ての家だ。周辺は日本庭園のように樹木や芝生が綺麗に整備されており、縁側から外を眺めると実に気持ちがいい。火鉢を囲んだ10畳の部屋には、黒板やオルガンがあり、農業の私塾という雰囲気をうかがわせる。
銅像や花巻農学校精神歌の碑などもあるのだが、宮沢賢治が生きた時代の空気を味わえることが何よりの魅力だ。新花巻駅近くには宮沢賢治記念館や宮沢賢治イーハトーブ館などの施設もあるのだが、当時の生活を知る場所として、この建物も重要な役割を果たしている。
なお、2020年度中は新型コロナウイルスの影響で閉鎖されているため、見学はできないようだ。見学が再開されても、大人数での見学は許可が必要。学校の施設なので、静かに雰囲気を味わいたい。
花巻農業高校の先を左に曲がり、滑走路の北端を西へ向かうと、国道4号が現れる。さらに500mほど直進すると、花巻空港駅へと到着した。歩いた距離は3.8km。ほとんどが空港と滑走路の外周だったが、それほど飽きずに歩くことができた。
2009年のターミナルビル移転までは、「花巻空港駅」が確かに最寄り駅だったのだ
さて、ターミナルビルの最寄り駅とはいえないにもかかわらず、「花巻空港駅」という名称がついているのには理由がある。現在のターミナルビルは滑走路の南東側にあるが、2009年までは西側の国道4号沿いにあった。その位置からなら2.2km。確かに花巻空港駅が最寄り駅だったわけだ。
こちらにも立ち寄ってみたが駐車場が狭く、とても需要をまかなえそうにない。出入り口が幹線道路である国道4号に直接アクセスするため、渋滞の原因になりそうなつくりだ。のちほど航空写真を見てみると、ターミナルビルやエプロンも狭く、誘導路を造る敷地もない。アクセスを多少犠牲にしても現在地に移転したのは正解だろう。
距離が比較的短く、晴天に恵まれたこともあり、とても心地よい徒歩ルートだった。花巻空港駅までわざわざ歩く必然性は感じなかったが、もし釜石線を利用するのであれば、電車とバスでぐるりと大回りするより、徒歩30分ほどで到着する似内駅まで歩くのも手かもしれない。
(文=渡瀬基樹)