犬と猫でもコロナ感染例…ペットから人への感染に不安広がる 感染の可能性を獣医師が解説
8月に2頭の犬が新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)のPCR検査の結果、国内初の陽性であることが判明しました。「うちのペットは大丈夫だろうか」「本当にペットから人に感染しないのだろうか」と心配するペットオーナーも多いようです。「大丈夫」という意見もあれば、海外ではペットを手放す人もいます。
長く世界小動物獣医師会年次大会で日本代表を務めた獣医師であり、東京医科歯科大学で博士課程を修了した一般財団法人比較統合医療学会の安川明夫代表理事は、「正しい情報の下、冷静に適切な行動を取ることが何よりも重要。ただし、今後は人獣一体で新型コロナウイルスに向き合うことが必要になってくるのではないか」と警鐘を鳴らします(以下、敬称略)。
PCR検査陽性とコロナ感染は別
――ペットが新型コロナの検査結果で陽性が判明したと話題です。
安川 PCR検査で陽性になることと、コロナの感染が成立することは別に考えなければならない問題です。実際、1頭は短期間で陰性に転じましたし、2頭とも健康状態に大きな問題はなく、新型コロナの感染が成立したか否かは、明確になっていないと発表されています。つまり、PCR検査で陽性反応と結果が出たけれど、即感染しているとはいえないという状況です。
わかりやすく言えば、例えば口腔内にコロナが付着していたら陽性反応が出ます。しかし、感染成立というのはウイルスや細菌などが体内に侵入、定着し、体内で増殖することを意味します。また、感染の成立には3つの要素が必要となります。これは人でも動物でも同じです。
――3つの要素とはなんですか。
安川 ひとつは細菌やウイルスなどが感染源であること、2つ目はコロナで考えれば、飛沫感染と接触感染といった感染経路が明確になっていること、3つ目は感染源に対し、Host側が感受性を有すること、そのほか高齢者や免疫力が低下しているような人がいて感染を受けやすいという3要素が揃うことです。これらが揃って病原微生物が体内で増殖できると考えられます。感染の不成立、つまり生体内でのウイルスが定着、増殖しなかった理由は明らかにはなっていませんが、それらの要素が揃わなかったということでしょう。
――海外で新型コロナに感染したペットの発症例はありますか。
安川 犬猫に限定していえば、発症例は多くはありませんが、ベルギー、米国、フランスなど複数の国々で発症したと報告があります。重症化したといわれているなかには、新型コロナウイルスの感染が原因で死亡したのではないかと考えられている動物もいますが、感染前から、かなり重症度の高い疾患にかかっていたようです。
――人への感染が気になるところです。
安川 国内での報告はありませんし、犬猫に関して言えば海外においても明確にペットから人への感染の報告は届いていません。ただ厚労省は「これまでのところ、コロナがペットから人に感染した事例は報告されていません」としながら、ペットではありませんが、オランダのミンク農場でのミンクの大量感染で、新型コロナに感染したミンクから人へ感染した可能性のある事例が報告されています。
――ミンクはペットではないにしろ、農場関係者はもちろん、小さなお子様のいる家庭などでは不安です。
安川 風評から海外ではペットを不法投棄や生き埋めにしたり、あるいは集合住宅の上から投げ捨てた動画がアップされるなど問題になりました。一番大切なことは、正確な情報を知り、冷静に行動することです。実はコロナウイルス自体は以前から犬猫の多くが保有するウイルスです。新型コロナに対する感受性は犬より猫のほうが高いという印象があるようです。コロナウイルスの感染症で広く知られるのは猫コロナウイルスでしょう。
猫コロナウイルスに感染したとしても、無症状であったり、仮に発症したとしても軽い下痢、腸炎を起こす程度(猫腸コロナウイルス)で、ペットのオーナーが、気がつかない場合もあります。そして、もうひとつが猫伝染性腹膜炎ウイルス(以下、FIPV)です。FIPVは全身の血管炎を主な症状とする重篤な病状を引き起こします。この両ウイルスの感染経路は、親子間で感染したり、猫同士が嘗め合ったり、糞便などからの接触感染や飛沫感染とされています。猫コロナウイルスが感染した犬猫から人に感染した報告はありません。現在の段階では、猫腸コロナウイルスは人間に感受性はないと考えられています。
猫伝染性腹膜炎
――では、安心していいのでしょうか。
安川 新型コロナウイルスに限定すれば、犬猫から人に感染する確率は低いと考えられます。ただ、脅かすつもりはありませんが、新型コロナが今後、変異して、動物から人へ感染する可能性はゼロではないと危惧しています。
しかし必ずそのように変異をするとは言えませんし、変異すればどうなるのかは未知の領域ということを理解した上で、獣医師として申し上げたいことは、今後、新型コロナが世界中でこのまま感染拡大を続ければ、仮に動物から人への感染がないにせよ、変異して重症化していくことも想定しなければならないでしょう。ペットと人とは違う生物と思われるかもしれませんが、犬や猫と人の共通した遺伝子がゼロではないことが海外の研究でも判明しています。
猫コロナウイルスと新型コロナウイルスは別の疾患ではありますが、忘れてはならないことが、一本鎖RNAウイルスの遺伝子情報を共通して持っているという点です。そう考えると世界の獣医師の間で知られている猫コロナウイルスが変異して、猫伝染性腹膜炎ウイルス(以下FIPV)に変異し人に感染、その後、確率は極めて低いと考えられますが、発症することも考えられなくはないのかもしれません。
――FIPVは、どんな症状になりますか。
安川 初期は発熱、下痢、嘔吐などの症状を起こし、全身症状に併せて血液検査やエコー検査などで診断します。非滲出型(ドライタイプ)または滲出型(ウェットタイプ)に大別され、非滲出型は黄疸が出たり、四肢の麻痺を起こしますが、滲出型では腹水や胸水の貯留がみられたり、肺の外側を覆う胸膜の内側に血漿様の漿液が貯留し、呼吸困難を引き起こすこともあります。
――治療方法やワクチンはありますか?
安川 残念ながら現時点では、FIPの根治薬やワクチンはなく、「致死率はほぼ100%」ともいわれています。FIPは非常に進行が早く、子猫では発症後、数日で死亡してしまうケースもあります。海外には高い効果が期待されている未承認薬もありますが、非常に高価で、断腸の思いで治療を断念される方もいらっしゃいます。実際に、滲出型を発症した猫を診察したことがありますが、腹水で腹囲が膨満し、息も絶え絶えの様子にいたたまれない思いで必死に治療した経験を何度もしました。猫コロナウイルスから変異するメカニズムや発症率などの全容解明には、まだ至っていません。
――FIPVの人への感染例は?
安川 これまで猫から人への感染例はないとされていますが、「じゃあ、問題はないからなんの心配もいらない」と捉えるのではなく、一般の方がさまざまな角度からウイルスに向き合って考えていただくことが重要です。FIPは複数回の感染で発症するといわれています。この現象は抗体依存性感染増強(以下、ADE)で説明できています。
抗体依存性感染増強(ADE)
――ADEは、どんな現象ですか?
安川 文字通り、抗体が組織細胞や免疫担当細胞などへの感染を増強させ、症状を増悪させてしまう現象です。わかりやすく言えば、猫コロナウイルスに感染しながら無症状だった猫に、ワクチンを投与することで悪化してしまうことも考えられます。本来、ワクチンはウイルスや細菌の無毒化、脆弱化のために接種して予防抗体ができるはずが、再感染した場合などに抗体依存性感染増強を起こすケースがあり得るということです。
私はすべてのワクチンを否定しているわけではありません。犬猫では、コロナウイルスが変異したり、抗体依存性感染増強現象を起こし、その結果、マクロファージ等の免疫担当細胞が暴走してしまう例を、多くの臨床獣医師が経験しています。だからこそ、今後は人獣共通で、ウイルスや細菌などの病原微生物に対する策を考えていくことが重要ではないかと捉えています。
――なぜ、そう思われるのですか。
安川 ひとつにはこれまで世界的にパンデミックを起こしたウイルス疾患には、動物を感染源としていると考えられる疾患があるからです。今回の新型コロナは世界的なパンデミックを起こし、医療関係者は自らの命の危険に向き合いながら治療に努め、またワクチンの開発や治療薬の承認に向けて多くの方が寝食を忘れて打ち込んでいらっしゃいます。人もペットも外出して帰宅したら、手足を洗い、口内洗浄を徹底することの大切さを世界中で注意喚起しています。それでも不幸にも感染してしまった方も少なくありません。
地球温暖化で北極の永久凍土も解けているといわれています。永久凍土が解けると、その中に眠っていた新たなウイルスなども解け出し、そのウイルスが動物を感染源にして人に出現することも十分に考えられます。もちろん人から動物への感染も考えられます。新たなウイルスはどんな脅威の存在になるかもわかりません。
その時に、現時点で開発されている薬剤や医療技術に有効性が見いだせない場合、動物の臨床成績や獣医師のノウハウを人の臨床に活かして、情報交換しながら治療や研究に活かしていただくことが、根絶につながる手法ではないかと考えています。それほど、猫のFIPと新型コロナの感染で発表されている臨床症状が酷似していると考えております。
個人的にはそれが新型コロナウイルスで無念にもお亡くなりになられた方にできる責務であり、哀悼の意を表する結果にもつながるだろうと信じています。
(文=鬼塚眞子/一般社団法人日本保険ジャーナリスト協会代表、一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会代表)
安川明夫(やすかわあきお)
日本獣医畜産大学 獣医畜産学部獣医学科(現:日本獣医生命科学大学)を卒業後、日本獣医畜産大学大学院 獣医学研究科修士課程修了。東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科博士課程修了。日本小動物外科専門医協会会員。1991年から2007年まで世界小動物獣医師会(WORLD SMALL ANIMAL VETERINARY ASSOCIATIONのREPRESENTATIVE(日本代表)を務める。