東京新聞の4日付朝刊に掲載された謝罪記事『本社、厚労省に謝罪 記者が暴力的取材』が波紋を広げている。どんな記者が暴力的行為を行ったのか、取材現場で何が起きていたのかを調べた。
同記事は次のように報じる。
「東京新聞(中日新聞東京本社)の記者が九月、厚生労働省の職員を取材した際、机を叩いて怒鳴るなど暴力的な行為をし、編集局は厚労省に謝罪する文書を出した」(原文ママ、以下同)
同社の記者は新型コロナウイルス対策として、政府が全世帯に配布したマスク(俗称:アベノマスク)の単価や規格決定の経緯を調べるために情報開示請求を同省に行ったが不開示にされ、担当部署の職員に8~9月、2回取材をした。このうち9月4日の取材は3時間45分にわたって行われ、記者が「ばかにしているのか!」と大声を出して机を叩いたり、職員の資料を一時的に奪い取ったりしたという。
「正義マン」と「北風と太陽」
記事中では匿名だったが、コロナ禍の現場で取材をしている人間なら誰しも今回の騒動の渦中にいる人物が、東京新聞社会部エースのA記者であることはわかっただろう。全国紙政治部の記者は次のように揶揄する。
「永田町、霞ヶ関界隈では、望月(衣塑子)さんと彼は、とにかくしつこいことで有名ですからね。最初から結論ありきで取材をする昔ながらの記者、いわゆる『正義マン』ですよ。望月さんと同じく、菅義偉首相や周辺から相当嫌われているのでネタが取れなくて、焦っていたんじゃないですか?」
厚生労働省関係者も次のように話す。
「ここ数日、省内では『東京(新聞)のAさんがアベノマスクの件で殴り込みにきたらしい』『応対した担当職員が心身に不調が出るほどだったので、加藤(勝信・現官房長官、前厚労相)さんの周辺が激怒している』とかいう不穏な噂が流れていました。私は現場にいたわけではないですが、庁舎内でそんな風な勢いで詰められれば、話せることも話せなくなります。北風と太陽ですよ」
今なおアベノマスクに残る疑惑
「しつこい記者」という評価は新聞記者の間では、「やっかみ半分、賞賛半分」の複雑な心情を意味することが多い。A記者は労働問題に強いことで知られ、映画『新聞記者』(製作The icon、スターサンズ)の原案となった同名の著書を手掛けた望月記者と並ぶ、東京新聞社会部の双璧のひとりだ。
今回、A記者が取材をしていたアベノマスクをめぐっては、神戸学院大の上脇博之教授が9月28日、国に情報開示などを求めて大阪地裁に提訴している。訴状によると、上脇氏は4~5月に布マスク配布の決定や業者との契約に関する文書を国に情報公開請求したが、国は今後の価格交渉に支障を来す恐れがあることや、業者の調達ノウハウに関する情報であることを理由に、発注した枚数や単価を黒塗りにして回答したという。安倍晋三前首相が退任してしばらく経つものの、一連の疑惑は払拭されたわけではない。
全国紙社会部記者は次のように話す。
「アベノマスクの一件は、東京新聞だけでなく各社も追っていたネタなので、A記者が厚労省の情報開示請求不開示の決定に対し、承服しがたい気持ちになったのは痛いほどわかります。
ですが、不開示を決定したのは眼前にいる担当の職員でないでしょう。A記者ほどのベテラン記者になればわかるはずです。裁量権もなく、不開示になった経緯も知らない担当職員を相手に何十時間詰問して、怒鳴ったところで、我々が求める情報が出てくるとは思えません。仮にそれで何かを引き出せたとしても、無理やり話をさせて、脅し取った情報を記事に掲載していいわけがありません。取材者としてあるまじき行為です。
暴力行為などはもっての他ですが、望月さんやA記者がよくやっているような会見や公式取材の場で、真正面から粘り強く情報を引き出そうとする取材手法そのものが否定されてはならないとも思います。
『非公式に官僚や政治家に接触してリーク情報を手に入れた後に、政府や各省庁に公式に取材をして真偽を明らかにする』という手法が、逆に政府の情報統制を強めるきっかけになっている可能性もあります。政府側が何を流し、何を流さないのかについて決められることになってしまいますからね。
特に永田町(首相官邸、国会)、霞ヶ関(中央省庁)、そして桜田門(警視庁)は記者クラブ制度に基づく『夜回り取材』『囲み取材』などが21世紀になった今も幅を利かせています。競合他社の失点を叩いて終わるのではなく、我々自体のあり方を考えるきっかけにしたいと思います」
大手新聞社には国会や議員会館の通行IDパスの配布や記者クラブの加入など、フリーランスや雑誌、ネットニュースの記者にはない数々の特別な権限が与えられている。しっかり身を糺して、国民の知る権利を代行してほしいものだ。
(文=編集部)