ホテルの部屋でこの原稿を書いているときに来てくださった女性清掃員は、スカーフをしている中東系の方だったが、普通に英語で話ができた。スウェーデンに移住して20年、30年経ったハンガリー、ボスニアなど東欧系のスウェーデン人もよく見かける。そのときどきの世界情勢を反映して、移民の出身地が違ってくる。世界史の激動を生身の人間の存在から感じられる。
こうして多様性が確保されているので、街のレストランも、国際色豊かだ。北欧、イタリア、フランスの料理、ブリティッシュパブ、アメリカのハンバーガーチェーンはもちろん、トルコやシリアの料理、それにデンマークのNOMAの影響なのか無国籍創作料理。
対日感情はとてもよく、驚くなかれ、すし店の数は中華料理店よりも多い(とはいえ、そのほとんどは中国人の経営で、日本人の口に合わないが)。マルメ駅構内の小さな本屋では、村上春樹のスウェーデン語の翻訳本が5タイトルくらい平積みで並んでいる。
治安面では、町の中心部でも真夜中に女性がひとりで平気で歩いている。危ないといわれるごく限られた地域に夜中に行けば危ないという話であって、それは東京でも同じだろう。総じていえば、確かに治安が非常に良い他の北欧の都市に比べれば、治安は悪いほうだろうが、ロンドンやアメリカの諸都市よりはいい。
イギリス人ジャーナリストのマイケル・ブースは、著書『限りなく完璧に近い人々』で、2008年に暴動のあったローゼンゴードに実際に行って雰囲気を伝えている。ヘルシンキやオスロ、コペンハーゲンにある近代的な高層団地ととくに変わったところはなく、ロンドンのブリクストンやケニントンより比べものにならないほどきれいだとしている。
マルメの将来と戦略眼
私は、マルメの住民に「マルメは、むしろ移民受け入れの成功例ではないか」と問いかけてみた。彼らは、みんな判で押したように次のように答える。
「成功とか、解決したとは思っていない。スウェーデンのなかでは、治安の悪いほうで、問題は、今も確かに残っている。しかし、08年の暴動から後、良い方向に向かっているのも確かだ。そして、アメリカの都市やロンドン、パリよりも危険だとも思わない」
彼らが、みな同じ控えめな答えを言うのは、ブース氏も著書で述べているがスウェーデン人が内気で控え目だからかもしれない。しかし、私には第二次大戦でドイツから戦争を回避し、かといって戦後に枢軸国ともされないように、薄氷を踏む思いでうまく立ち回った戦略的思考の片鱗を見たように感じる。スウェーデンの人は、常に冷徹に自分たちの実力を過不足なく見極めた上で、思い切りよく実行する。
私がずけずけとこのような微妙な質問をした後、彼らからはお返しとばかりに本当に心配そうに尋ねられる。
「ところで、日本は朝鮮半島で何か事件があったらどうするのですか? 数百万人の難民が、海からおんぼろ船で日本の沿岸にまで押し寄せ来ると、目の前で子供や老人が溺れて死ぬのを見ているわけにもいかないし、助けて住まわせるのも大変ですよね。スウェーデンが受け入れた難民の24万人とは、桁が違う規模になります。日本は、どうするのでしょうか。大丈夫ですか」
確かに、戦略眼のある彼らからすれば、心配になって仕方ないのだろう。我々にとって、まさに河岸の火事ではない。
(文=小林敬幸/『ビジネスの先が読めない時代に 自分の頭で判断する技術』著者)