憲法施行70年。その記念日に行われたイベントに、安倍晋三首相は自民党総裁としてビデオ・メッセージを寄せ、憲法9条に自衛隊を明記する、その新たな憲法を東京オリンピックが開かれる2020年に施行する、という目標を示した。読売新聞にも同趣旨の首相インタビューが掲載されている。
いずれにおいても、この「改正」で自衛隊の役割や活動範囲などが現状とどう変わるのか、といった具体的なことは語られず、「新しい日本」「新たな憲法」など抽象的な表現に終始。このところ北朝鮮の「新たな段階の脅威」を強調している安倍首相だが、国民の不安を背景に、この機に憲法を変える気運を盛り上げようという意気込みだけは伝わってきた。
安倍氏は、首相に返り咲いた後、憲法改正の手続きを定めた憲法96条の改正に意欲を示した。改正の発議を両院の国会議員の「3分の2以上」ではなく「過半数」とすることで、改正しやすくするのが狙いだったが、「裏口入学のようなもの」などと批判を浴び、尻すぼみとなった。
2015年には、党憲法改正推進本部事務局長の礒崎陽輔・首相補佐官が「憲法改正を国民に1回味わってもらう」と発言。合意を得やすい条文で改正を体験し、憲法改正への抵抗感を減らしたうえで、9条などの本丸に手をつけようという狙いが見て取れるこの発言は、「お試し改憲」などと呼ばれた。
それに比べて、9条の改正に言及した今回の発言は、それなりに直球を投げてきたかのように見える。
しかし、直球に見えて、実はかなりのクセ球である。もっと言えば、投げたように見せてはいるが、実際の球は隠したままなのではないか。
語られなかった自衛隊の目的と活動範囲
世論調査においても、国民の9割以上が自衛隊に好印象を抱いており、自衛隊を合憲とする政府見解は概ね支持されていると言えよう。安倍氏が提案するように、戦争放棄を謳った第1項と戦力不保持を定めた第2項はそのまま残し、自衛隊の存在を第3項で明記するだけだと言われれば、強い違和感を持たれず、人々が受け入れる雰囲気が醸成されそうである。
だが、話はそう簡単ではない。
改めて、9条の条文を読んでみよう。
<日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。>
日本政府は、9条は個別的自衛権まで否定しているわけではなく、自衛のための必要最小限の力の保持は認められる、という考え方で、自衛隊を合憲としてきた。安倍政権では、それに加えて、集団的自衛権の行使まで一定の条件のもとで行使できるとしたため、憲法解釈は、さらに条文の文言から離れて長々しい説明を必要とする込み入ったものになった。
いずれにしても、自衛隊の保持を明文化するなら、戦力不保持の条項と、条文上、整合性をもたせなければならない。そうなると、第3項には自衛隊の保持だけでなく、その目的や活動の範囲を、第2項と矛盾しないように書き込む必要が出てくる。