「自民党総裁と内閣総理大臣」の使い分け
それにしても、衆参両院の憲法審査会で地道な論議が行われている最中に、首相である安倍氏が、「自民党総裁」という肩書を使って、憲法「改正」の旗を振ることには、疑問を感じる。首相夫人が「私人」と「公人」を巧みに使い分けるように、安倍氏も「自民党総裁」と「内閣総理大臣」の2つの立場を、都合良く使い分けているようだ。
ただ、安倍氏の発言が新聞の一面で扱われるのは、彼が日本の内閣総理大臣だからだ。内閣総理大臣は本来、憲法を遵守し、憲法に拘束される立場である。その影響力を使って、「自民党総裁」としての主張を広めようというのは、邪道ではないのか。
安倍政権は、「官邸主導」という強力なエンジンをふかすことで、懸念や不安をなぎ倒す勢いで、主要な施策を進めてきた。しかし、国の形や仕組み、基本的人権などを定めた憲法論議においてまで、「官邸主導」を持ち込むことにも、私は違和感を覚える。しかも、憲法論議とは無関係なオリンピックまで持ち出すとは、オリンピックの政治利用も甚だしい、と言わざるをえない。
もう1つ残念だったのは、安倍氏から語られたのは、改憲の話ばかりで、現行憲法への評価には言及されなかったことだ。
読売新聞の世論調査では、「今の憲法が日本の社会で果たしてきた役割」について、「大いに」「多少は」を含めて「評価する」が89%に達し、「あまり」「全く」を合わせて「評価しない」は9%に留まった。
朝日新聞の世論調査でも、「いまの憲法があったことが、日本にとってよかったと思いますか」の問いに、89%が「よかった」と答え、「よくなかった」は3%だった。
改憲護憲いずれの立場であっても、現行憲法の果たしてきた役割は肯定的に評価する人が圧倒的に多い。
憲法施行70年という記念の日に、内閣総理大臣としての安倍氏から、憲法の意義についても、何らかのコメントを発してもらいたかった。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)