薬の服用に伴う眠気を気にする患者は多く、「この薬は眠くなりますか?」と聞かれることがよくある。クルマ社会の現代、眠気が出れば運転に支障もある。医師や薬剤師は、薬の作用機序(薬が効果を示すメカニズム)を前提に薬の説明をする。作用機序から考えて理論的には眠気が出ない薬でも、個人差がある。そのため、薬の服用に伴い眠気を感じると相談された場合は、生活に支障がなければクルマの運転などを避けて、注意して服用を継続するように促すのが一般的である。
しかしながら、眠気が出ないと考えられる薬に「睡眠薬」が混入していたらどうだろうか。当然ながら、眠気に襲われる。誰もが「そんなことはあるわけない」と思うだろうが、実際にそんな信じられない事件が起きた。
小林化工は12月初旬、睡眠薬成分が混入した経口抗真菌剤「イトラコナゾール錠50『MEEK』」に、ベンゾジアゼピン系睡眠薬のリルマザホン塩酸塩水和物が、通常臨床用量を超えて混入していたことが判明したとして各医療機関へ告知、自主回収を行った。ベンゾジアゼピン系睡眠薬は脳の活動を抑制し眠気がでるだけでなく、過剰摂取すれば呼吸抑制が起き、死に至る危険がある。
この自主回収は、「クラス1」の回収である。クラス1とは、その製品の使用等が、重篤な健康被害又は死亡の原因となり得る状況をいう。自主回収と聞くと、誠意ある対応を行っているという印象を受けるかもしれないが、この対応は遅すぎるくらいで、人の命を左右する薬を製造する企業としての責任を軽んじているとさえいえる。
相次ぐ意識障害
患者の異変に最初に気づいたのは、医療機関で診療に当たる医師だったという。担当する患者7人が意識障害を起こし、そのうち2人の男性は自動車の運転中で、センターラインのポールに衝突したり、溝に脱輪するなどの事故につながっている。医師は7人に共通する治療として「イトラコナゾール」の服用を行っていたことから、意識障害の原因はイトラコナゾールだと確信し、メーカーへ報告したという。
小林化工には、それまでにも同錠剤による副作用の報告が寄せられていたが、健康被害という認識に欠けており、その医師からの報告で初めて調査へ乗り出し、さらに多くの被害者がいることが判明するに至った。12月20日時点で被害者数は156人、そのうち自動車などによる事故が21人、救急搬送・入院が34件、死亡2人と発表されている。
製薬メーカーとしての責任の欠如
今回、問題となったイトラコナゾールは、爪水虫やカンジダ症などの治療に用いる抗真菌剤で、小林化工は2004年7月から製造、販売を開始したジェネリック医薬品(後発薬)である。有効成分の量により、イトラコナゾール錠50、100、200の3品目があるが、今回、睡眠導入剤成分が混入したのはイトラコナゾール50の約10万錠と発表されている。
また小林化工が製造し、販売は製薬会社「Meiji Seika ファルマ」が行っている。混入発覚後の会見で小林化工の小林広幸社長は、死亡した被害者に謝罪するとともに、混入の原因について「ダブルチェックが行われていなかった」「この問題については一従業員、作業者の問題ではなく、会社全体としまして従業員教育のあり方、現場での指導のあり方、こういうものが多々問題があったかなと考えております」と述べている。
また、本来含まれるはずのない成分が医薬品に混入するという重大な事故が起きたことに対し、小林社長は「私の経営責任であるかと思います」と、自らの責任に言及した。
業務停止の可能性も
福井県と厚生労働省は21日、医薬品医療機器法に基づき、小林化工への立ち入り調査を行い、「有り得ないことが起きた」とコメントしている。都内大手の医薬品卸業者は、小林化工が医療現場での信頼を完全に失っていると話す。
「立ち入り検査の結果にかかわらず、業務停止は免れないのではと思います。混入発覚後、現状、小林化工の全製品が出荷停止となっていますし、採用を取りやめる医療機関も多数あります。信頼を取り戻すのは簡単ではないと思います」
また、はれやか法律事務所の代表弁護士・小林嵩氏は次のような見解を示す。
「小林化工では、すでに弁護士等の専門家を構成員とする第三者委員会を設置し、今後事実関係の解明・原因の分析・再発防止策の徹底に努めると発表していますが、福井県としても、問題の成分の混入経路、出荷前のサンプル検査の状況、なぜ流通に至る前の段階で食い止めることができなかったのか等について、引き続き独自の調査を継続することでしょう。
今後、小林化工は、かかる調査結果を踏まえ、医薬品医療機器等法に基づいて業務改善命令を受けることが想定されますが、製造過程や出荷前の品質検査段階における落ち度の程度次第では、一定期間の業務停止を命じられる可能性も否定できません」
業務停止が事の終わりではないが、なんらかのかたちで責任を取るべきだろう。小林化工では、被害者に対し見舞金および賠償金を支払うことを同社ホームページにて告知している。事の原因究明と再発防止に努めてほしい。
(文=吉澤恵理/薬剤師、医療ジャーナリスト)