梅雨が明け、いよいよ夏本番となった。8月11日の「山の日」を前に、夏山シーズンが本格化している。都会で気温が35度を超す猛暑日でも、標高3000メートル級の山は十数度で、朝晩は冷え込むほどだ。涼しさと美しい景観を求めて、山に向かう人々がにわかに増える時季である。
まずは、そんな山岳地の近況を報告しよう。7月17日、北八ヶ岳にある標高2115メートルの白駒池キャンプ場にテントを張り、付近の山々を巡り歩いた。朝8時に到着したとき気温は15度ほどで、長袖シャツを着ないと肌寒い。テント場には親子連れ、グループ、夫婦、そして外国人カップルらの姿があった。3連休の最終日なので、テントをたたみ、荷物をまとめている人たちが多い。
湖面を見下ろす高台にテントを設営し、山歩きを開始。晴れ渡った空の下、湿地帯を抜け、野鳥の声を聴きながら神秘的な苔の森の中をゆっくりと進む。都会の喧騒を離れ、非日常の世界にどっぷりと浸かる。
巨岩が堆積した「にゅう」から、岩塊が点在する「中山展望台」へと向かい、岩に寝転がって天狗岳や蓼科山の秀麗な姿を堪能する。あたりに人影はなく、広い天然の展望台を独り占めだ。30分ほどリフレッシュした後、高見石経由でテント場に戻った。白駒池近くに来ると、軽装の観光客がたくさんいた。にぎやかな声が森に響き渡る。忘れ物を取りに駐車場に戻ると、駐車待ちの自動車が列をなしている。長野県やJRのキャンペーンで、白駒池の認知度が高まった影響なのだろうか。かつては夏でも密やかだった北八ヶ岳の原生林と湖は、すっかり喧騒の観光地と化していた。
遭難者の半数超、死者・不明者の67%は60歳以上の高齢者
やや下火になった感はあるが、依然として山ブームは続いている。日本生産性本部の「レジャー白書」によれば、2000年代前半から後半にかけ、600万人台だった登山人口(年に1回以上山に登った人の数)は、09年に一気に1230万人へと倍増した。「山ガール」が話題になった頃だ。その後、御嶽山の噴火などもあり、15年には730万人まで減少したが、それでもゴルフ人口760万人(15年)に匹敵する数字だ。
その一方で、山での遭難件数も増えている。警察庁の発表によると、16年の山岳遭難件数は2495件で遭難者は2929人、死者・行方不明者は319人だった。発生件数、遭難者数は、統計の残る1961年以降では2015年(2508件、遭難者数は3043人)に次いで過去2番目に多かった。13年以降は2000件以上で推移している。ちなみに、16年の数値を07年と比べると、件数1011件増(68.1%増)、遭難者1121人増(62%増)、死者・行方不明者60人増(23.2%増)と、惨憺たる状況になっている。
遭難者の内訳は登山(ハイキング、スキー登山、沢登りなどを含む)が71.7%ともっとも多く、次いで山菜・茸採り13.2%。年代別では、40歳以上が2269人で77.5%を占める。このうち60歳以上は1482人で、全遭難者の50.6%となっている。死者・行方不明者でみると、40歳以上が289人で90.6%。60歳以上は215人で67.4%に達している。遭難者、死者・行方不明者ともに60歳以上の高齢者の比率が高いことが一目瞭然だ。
16年の遭難者データを詳しくみると、70代が565人(全体の19.3%)、80代が161人(同5.5%)、そして90歳以上が10人(同0.3%)もいる。遭難者の4人に1人は70歳以上なのだ。これが高齢化社会の現実、驚愕の事実である。
全国でもっとも遭難件数が多い長野県の今年の状況はどうなっているだろうか。長野県警の発表によると、1月1日から7月9日までの遭難件数は120件で前年比20件増。遭難者は140人で同22人増。死者・行方不明者は28人で同8人増だ。遭難者の年代別では、40代以上が95人で67.8%を占め、うち60代以上が30.7%となっている。死者・不明者は40代以上が21人で75%、うち60代以上は12人で43%だ。全国の統計に比べ、遭難者、死者・不明者における高齢者の比率が低いのは、北アルプス、中央アルプス、八ヶ岳など高山や険しい山が多く、高齢者の入山比率がやや低くなっているからだろうか。
遭難で多いのは「道迷い」「滑落」「転倒」
16年の遭難を態様別でみると、もっとも多いのが「道迷い」1116人(38.1%)。以下、「滑落」498人(17%)、「転倒」471人(16.1%)、「病気」229人(7.8%)、「疲労」204人(7.0%)などとなっている。最近の登山道は整備が行き届いているので、分岐ポイントなどにはわかりやすい標識が設置してある。しかし、山の天候は急変しやすい。ガス(霧)が出てきて標識を見落とす、疲れて下ばかり見て歩いていて別の道に迷い込んでしまうといったケースもある。
気を付けたいのは下山時だ。朝早くに自宅を出て登山口まで行くから、その時点で知らないうちに体力は消耗している。そこから山頂まで2時間から3時間かけて登り、登頂までに体力を使い果たしてしまいかねない。その日のうちに下山するようなケースでは、疲弊した体で歩くうちに石や木の根に足を取られ転倒する、あるいは斜面を滑落してしまうというのが最悪のパターンだ。
ある山小屋の関係者が、こんな話をしていた。
「若いころに山登りをやっていて、定年後に再開したという人が危ない。なまじっか山を知っているだけに、体力が落ちているのに若い頃と同じ調子で登ってしまう。それで下山途中につまずいて転んだりする。山歩きは計画を立てるときから始まるということを忘れてはいけない。読図、気象判断などの基本知識に加え、必要な装備・食料をそろえ、自分の体力・経験に応じたルートを、他人任せでなく自分自身で判断することが大事」
遭難は高い山、険しい山だけの話ではない。標高500メートルぐらいの低い山にも危険は常にある。子ども連れ登山も注意が必要だ。
今回の北八ヶ岳では、幼児を肩車して歩いている若い父親がいた。一見、ほほえましい光景だが、実は危なっかしい行動だ。子どもの頬に木の葉が触れていたが、枝先が目に当たったりしたら一大事である。また万が一、親が転んだらどうなるか。「高い山じゃないから平気」と考えるのは禁物だ。
山岳遭難は、本人が苦しむだけでなく、家族や救助関係者など多くの人に迷惑をかけてしまう。入念な準備と身の丈に応じたルート選択、そして余裕を持った行動で、事故のない楽しい山歩きを楽しみたいものである。
(文=山田稔/ジャーナリスト)