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都立高校、偽装請負疑惑で労働局が2度目の調査…学校図書館の民間委託が破綻

文=日向咲嗣/ジャーナリスト
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「Getty Images」より

 東京都立高校に労働局の調査が入った――。そんな情報が駆け巡ったのは、1月下旬のこと。舞台は、東京都から委託されて民間企業が運営している学校図書館。「偽装請負」を疑われる行為があったとして、違法派遣を取り締まる東京労働局の係官が某都立高校を訪問、従事者にヒアリングしたというもの。

 関係各所に激震が走ったのは、これが2015年に続いて二度めの調査であり、もし再度違法認定ともなれば、再発防止に務めてきた都教育委員会のメンツは丸つぶれだからだ。

 幸い、結果はシロ。関係者によれば、事前に労働局から訪問日時を伝えられていた受託企業が都教委と綿密にすり合わせを行ってヒアリングに臨んだ結果、2月中頃に東京労働局から受託企業へ直接、「違法行為はなかった」との連絡があったという。

 かろうじて二度目の違法認定は免れたのだが、折しも東京都は来年度から新規の民間委託を廃止して直接雇用に転換する方針を固めつつあった時期だけに、この騒動は周辺に少なからぬ波紋を巻き起こした。

 今回は、破綻しつつある学校図書館の民間委託の実態に迫っていきたい。

 2019年9月14日付当サイト記事『東京都、都立高校図書館で“偽装請負”蔓延か…労働局が調査、ノウハウない事業者に委託』で、15年に起きた都立高校・偽装請負事件を報じた。

 東京労働局が15年7月、都立高校内に設置された学校図書館を調査した結果、不適切な行為があったとして当時の舛添要一都知事宛てに是正指導を出していたことが判明。

 容疑は偽装請負。委託事業者のスタッフは本来、独立して業務を遂行して完成品を納入しなければならない。クライアントが委託スタッフに細かく指示命令を出して働かせる行為は、労働者派遣事業の免許を持った事業者にしか許されていない。

 だが、都立高校の学校図書館では現場の教師が直接、委託会社のスタッフに指示命令を出していたとして、無許可派遣(=偽装請負)とみなされて是正指導の対象となったのだ。業務委託の場合、本社の業務責任者を通して現場スタッフに指示を出さなければならない。請負業に偽装した無許可派遣は、労働法の根幹を犯す行為。闇で労働者を派遣して給与をピンハネする手配師と同じとみなされ、悪質なケースでは刑事告発の対象にもなる。

 この不祥事を当時、東京都は一切公表せずに隠蔽した格好になっていたが、その経緯を詳細に記録した文書を独自に入手した筆者は、関係者への取材も合わせて、いったい何が起きたのかを詳細にレポートした。

 調べてみると、不祥事は派遣法違反にとどまらなかった。都立高校の学校図書館では、15年当時から受託企業が司書を契約通りに配置できない「契約不履行」がたびたび起きていたことも判明。そのたびに、担当部署が業者を厳しく指導して始末書を提出させていたにもかかわらず、同じ不始末が繰り返されていた酷い実態まであきらかになった。

 受託企業のほとんどは、教育とは縁もゆかりもないビル管理業や清掃業、事務派遣など異業種からの算入組。落札してから2週間程度で従事者を募集して採用する泥縄方式だったためである。

 こうした事態を受けて、都教委は全校へ実態調査を実施。その結果を踏まえて、不適切な行為がないよう指導・通達を出し、仕様書の記載も見直した。17年度からは、不履行を起こしても事業者はいちいち始末書を提出して返金しなくていいように、履行分のみ委託費が支払われる単価契約へ変更。また、それまで単年度契約だったのを3年の複数年契約を取り入れたり、学校側から指示命令を出せる委託企業の業務責任者を各校に配置するなどの対策を講じた。これにより、二度と同様の不祥事は起きないはずだった。

 ところが、それで問題がすべて解決したわけではなかった。委託方式が変更された17年度以降は、それまで本社にいた業務責任者を各校に配置することで違法性を回避しようとしたが、その業務責任者は従事者が兼務するため、新たに違法性が疑われるグレーゾーンが生まれた。いわば、グレーゾーンをつくって、あからさまな違法性をカモフラージュした状態で、業務委託は継続されたのだ。そんななかで事態が風雲急を告げたのは、昨年9月30日に開催された東京都議会定例会でのことだった。

 都民ファーストの会所属の米川大二郎議員が一般質問で、15年に発覚した都立高校の偽装請負事件を取り上げ、いまだに違法状態が払拭されていない可能性に触れて、こう述べたのだった。

「平成27年のときのように、再び東京労働局の発注者指導が行われるようなことがあれば、業務の予算化は認められません」

 質問内容だけでは、いまひとつわかりにくいが、米川都議はクライアントから直接指示命令を受けられる業務責任者を、現場の従事者が兼務できる点を問題視。これは脱法行為であり、偽装請負にあたるとの労働局見解を基に追及したのだった(詳細は『東京都、違法行為横行で学校図書館の民間委託見直しへ…違法性排除できず、コスト削減効果もなし』参照)。

 野党議員がパフォーマンスで追及するのとは違って、都議会与党の議員の発言である。しかも、米川都議は都の職員出身で教育問題、とりわけ学校図書館に詳しい。「これはただごとではない」と考えた筆者が取材を進めていくと、このままでは偽装請負の疑いを完全に払拭できないとして都教委は、都立高校・学校図書館の民間委託を廃止も視野に入れて検討しているとの情報をキャッチした。

都立高校、偽装請負疑惑で労働局が2度目の調査…学校図書館の民間委託が破綻の画像2
(米川大二郎都議会レポート第12号より)

 11年度からスタートした都立高校・学校図書館の民間委託は、昨年9月時点で189校中128校と、ほぼ3分の2がその対象になっている。残り3分の1も順次委託に出され、あと数年で民間委託化はすべて完了するところまでこぎつけていた。それを今さら逆回転させるなど、本当にできるのだろうか。もし事実だとしたら、よほど何か深刻な事態に見舞われているに違いない。

 ここまでが昨年11月中旬のことである。だが、その後は来年度の予算要求段階になっても、民間委託廃止の動きはまったく見えてこなくなった。

 やがて都教委が、ソフトランディングを考えていることがわかってきた。すなわち、民間委託をスタートした11年度から、毎年十数校を新規に委託していたのをいったん中止し、その分については非常勤の学校司書を採用して配置する。しかし、すでに委託されている高校については、これまで通り指名競争入札で委託事業を継続するとの情報が入った。

 これでは、委託廃止どころか、ほんの一部を直接雇用、それも非正規の司書採用で、お茶を濁そうとしているのではないのか。

 12月に入ると、事態は進展するどころか後退し始めた。10日頃には、来年度から新規に委託される予定校10校名が総務部人事担当課長から各校長宛てに通達されたとのこと。やはり、直接雇用の話は一切出てこない。

 ここに至っては、もはや「委託廃止の方針」は完全に撤回されたとみなければならない。ところが、関係者から漏れ聞こえたきたのは、こんな意外な答えだった。

「都教委も、新規の委託を直接雇用に切り替える方針に変わりはないらしいのですが、予算額もスケジュールも大きな違いはないので便宜上は“委託”名目で進めて、年明けから正式に直接雇用を進めていくとのことです」

 委託も直接雇用も、スケジュールや予算で大きな違いがないとしたら、違法リスクを犯してまで民間委託を進めてきたメリットは、いったいどこにあったのか――。そう思わざるを得ないのだが、とにかく例年通りに進めながらも委託見直し方針は堅持しているというのだから、何がどうなっているのか、さっぱりわからない。

 直接雇用に切り替えるとしたら、遅くとも年明け早々には募集を開始しないと間に合わないはずなのに、その動きもまるで見えてこなかった。

 都立高校学校図書館の委託事業は、迷走したまま2021年の年明けを迎えた。そこに突然、降って湧いたのが、冒頭で紹介した労働局が都立高校に調査に入ったとの電撃情報だ。都教委の担当部署に問い合わせたところ、否定も肯定もせず。

 もし、15年に続いて再度、偽装請負で是正指導を受けることになれば、17年度に対策を講じた後も依然として、教育現場で違法行為が行われていたことになる。東京都の教育行政の信頼を根幹から揺るがす事態に発展しかねない。

 結局、2月中旬になってから「違法行為はなかった」とのお墨付きが労働局から与えられていたことがわかるのだが、それも受託企業が都教委と事前に対策を講じ、かろうじて違法認定を免れたにすぎず、もし調査が抜き打ちだったら最悪の事態を招いていた可能性も否定できない。

 ある図書館関係者は、次のように分析する。

「都教委は、なんとか逃れようと『のたうちまわっている』ように見えます。2回目の労働局調査は、1回目と重さがまったく違いますので、必死で現場と打ち合わせを行い、厳しく指導し、ボロを出させないようにしたと思います」

 折しも、この頃、都議会で“爆弾質問”を行った米川都議が、自ら所属する都民ファーストの会を通じて、都立高校学校図書館に関する要請を都教委と財務局に提出していた。

“米川ペーパー”では、(1)司書教諭の授業負担軽減、(2)偽装請負の温床になりかねない民間委託の全廃、(3)正規司書の定期採用の復活――などを柱にした提言がなされていた。与党側からの提言のため、もし米川案が無視されたら予算審議等にも影響が出ることは必至だった。

 委託廃止の動きを察知した事業者による活発なロビイイングや、日ごろから懇意にしている議員による委託継続の働きかけがあったかもしれないが、それ以上に米川案の重みは効いていたとみるべきだろう。

 結末は、間もなくやってきた。2月5日、都教委のサイトに会計年度任用職員として学校司書の募集が始まったのだ。各校2名ずつの募集で、給与はフルタイムで月19万円。1年ごとの会計年度任用のため、お世辞にも好条件とはいえないものの、委託事業者が募集する“ほぼ最低賃金”で、3~4人でワークシェアする求人と比べれば、それでもかなり改善された印象はある。

 対象となった、竹早、墨田川、葛西西、西、世田谷総合、北豊島工業、小川、昭和、秋留台、赤羽北桜の10校は、12月に「新規委託校」として内示されていたリストと完全に一致。やはり便宜上、“委託名目”で進めていたというのは、事実だったのだ。

 一方、すでに委託に出されていて、契約満了を迎える高校は、どうなったのだろうか。こちらも2月10日になって、東京都の入札サイトに発注予定の契約情報が出てきた。

「都立向丘高等学校ほか8校図書館管理運営業務委託」など6契約49校の入札に関する公告が出されていたのだが、例年なら3年契約のところが、これらの契約すべてが単年度契約であった。米川都議は、こう解説する。

「今期末までに委託を廃止するのはさすがに難しいので、来年度から委託を直接雇用に順次切り替えていく方針だと聞いています」

 だが、依然として偽装請負が疑われる状態であることに変わりないと、米川都議はクギを刺す。

「新たな仕様書を見てみましたが、これまでと内容はほぼ同じでしたので、違法状態は完全に払拭されていません。委託が行われている間、違法状態が生じないようにする必要があることを、改めて会派の役員から都教委に伝えてもらいました。もし、そこまでの体制を整えるのならば、会計年度任用(直接雇用)のほうが費用はかからないと考えています」

 これまでは、民間に任せると運営効率が上がって経費削減できるとされてきたが、適法にやれば直接雇用よりも高い費用がかかるというのだから、何をかいわんやである。

 ただし、直接雇用も当面は非正規の会計年度任用に代替されるようだが、2000年以降廃止されていた都立高校正規司書の定期採用が復活するのかどうかは、まだ不透明なままである。

 急激に進められてきた都立高校学校図書館という教育現場の民間委託は、この10年で違法認定と不履行続出などにより、完全に破綻したと言っていいだろう。

 問題は偽装請負や不履行だけではなかった。スタート当初に比べてほぼ倍増した委託費、不可解な事業者の技術点評価加点、落札可能な企業の不自然な辞退、受託企業による有力議員への政治献金など、いまだ表面化していない、おかしな出来事は枚挙に暇がない。

 2月9日付で発表された東京都の定例監査報告書(令和元年度執行分)でも、都立高校学校図書館の業務委託で、契約通り司書を配置していない等の契約不履行が2件、指摘されている。2015~16年にかけて頻発した契約不履行問題が、なんら改善されていない実態が改めて浮き彫りにされた。

 一方で、学校教育の中核として位置付けられ、生徒の読書活動や学習活動支援をはじめ、多様な機能を持つ学校図書館の本来の目的は、民間委託によってなおざりにされ、教師と学校司書とが緊密に連携するどころか、直接打ち合わせすることすらままならない不自由な状態を現場は長らく余儀なくされた。

 今回の委託廃止によって都立高校は、そうした呪縛から完全に解き放たれるのだろうか。米川都議は、近く発表される新指導要領に合わせて打ち出される教育長の新方針に着目してほしいという。

 教育長は、いったいどんな教育のビジョンを提示するのだろうか。そして都立高校・学校図書館は、どんな位置付けになるのだろうか。もし、このまま一部直接雇用の導入のみでお茶を濁すようなら、いまだ表面化していない「膿」を出し切らないといけないのかもしれない。
(文=日向咲嗣/ジャーナリスト)

日向咲嗣/ジャーナリスト

日向咲嗣/ジャーナリスト

1959年、愛媛県生まれ。大学卒業後、新聞社・編集プロダクションを経てフリーに。「転職」「独立」「失業」問題など職業生活全般をテーマに著作多数。2015年から図書館の民間委託問題についてのレポートを始め、その詳細な取材ブロセスはブログ『ほぼ月刊ツタヤ図書館』でも随時発表している。2018年「貧困ジャーナリズム賞」受賞。

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