日本の航空業界の将来を左右する動きが出ている。
直近ではANAホールディングス(HD)は傘下のLCC(格安航空会社)ピーチアビエーションとバニラエアを経営統合して、今後路線ごとにこれらを使い分けていく戦略を発表。また今月には、日本航空(JAL)も国際線のLCCを設立すると発表した。
日本のLCCは、いずれも経営上厳しい条件の下で苦戦してきた。大手のようにドル箱といわれる羽田空港の発着枠が与えられず、成田空港や関西国際空港などを拠点とせざるを得ないことや、パイロットと整備士の確保という課題に常に直面してきた。
パイロットを思うように確保できない背景には、世界的なパイロット不足という深刻な事情がある。2014年夏頃にピーチアビエーションで機長の病欠者や退職者が予想を上回った結果、448便が減便したり、バニラエアも同年6月に全体の2割に当たる154便を欠航して話題になったが、最近ではエアドゥも減便に追い込まれている。
LCCは拠点を地方に置かざるを得ないことや、新規の路線開設をしようにも一日に多くの便を張ることができないジレンマに陥っている。新しい路線を開設しても、仮に一日に1往復というダイヤでは、利用者は利便性から鉄道やバスに流れてしまう。それを防ぐために一日に何往復かの便を張る必要があるが、パイロット不足などの理由でそれが難しいのである。
加えて日本のLCCは、アジア各国のLCCの参入によって、運賃価格やサービス面で過当競争が激化している。一例として、今年に入り韓国のLCCが新たに日本に就航し、その数は6社にのぼる。すべて韓国大手が傘下に立ち上げた会社である。
海外のLCCを見渡しても、大手がLCCを傘下に組み入れる流れは変わらず、独立系のLCCは米国の一部を除いて苦境に立たされているといってよいだろう。このほど欧州最大手のライアンエア(アイルランド)でも、パイロット不足による大規模な減便を迫られた結果、17年の旅客数では欧州トップの座から陥落し、持続的な成長シナリオに暗雲が垂れこみ始めている。
同社の減便は去年秋に始まって今年の3月までに追加で最大1万8000便を欠航し、約40万人の予約が取り消される事態となり、欧州で衝撃が走っている。
LCC各社が経営に困難をきたし大手の傘下に入ると独自性が失われ、運賃も上昇する可能性がある。1970年代後半に米国で起きたデレギュレーション(規制緩和)によって大量のLCCが生まれたものの、コスト削減による運航で事故が多発し倒産や大手に吸収されることになって、運賃が結局高くなった例を忘れてはならない。
運賃では大手もすでに割引運賃を多種導入し、「先得」や「旅割」などLCCと大差ないものが見受けられるようになった。そのためLCCが大手の傘下に入ると、今後運賃の平準化が始まることやサービスの独自性が失われることにもなりかねず、その動向が気になるところだ。
ANA、ハワイ路線に懸念材料
ANAグループは経営が厳しいバニラエアとピーチアビエーションを傘下に入れたことで、戦略がうまく機能しないと大きなリスクを負うことや、エアバスA380という超大型機の導入の成否が気になるところだ。
A380は近年、ハワイアン航空が参入して競争が激化しているハワイ路線へ3機導入するものであるが、世界的に中小型化が一般化するなかで果たしてうまくいくのかどうか。一度に500人とそれまでの約2倍の乗客を運べるメリットもあるが、3機体制ではハワイ路線に限定され、効率的運用も難しくなり、当該パイロットもハワイ線の乗務だけになってモチベーションが下がるという懸念もある。
そしてA380という機体自体、エアバスが「生産打ち切りは大顧客のエミレーツ航空の動向次第」と表明しているように、将来はどうなるか読めない点がある。
JAL、エアバス機とMRJ導入
次にJALでは、なんといっても同社としては初めてのエアバス機A350導入が注目される。最大56機を導入し、ボーイング777を6年程度で置き換えるとしているが、長年ボーイング機材一筋でやってきたのに、設計や操縦が大きく異なるエアバスを新たに導入して果たして現場に混乱が生じないのか、事は安全にかかわるだけに心配だ。
社内にはA300-600Rの操縦経験のある旧JAS出身のパイロットもいるが、A320以降A380までのエアバスは以前の設計と大きく異なっているため、教育訓練はいちから始めることになる。これは整備士も同様だ。
JALが初めてエアバスに手を出すことになったいきさつは何か? 私がトップに近い関係者から聞いた話では、同社元会長の稲盛和夫氏の意向が大きかったようだ。それは現場で働くパイロットなどの意見を聞くこともなく、頭越しに決められたという。
稲盛氏はリスク管理上、ひとつのメーカーに偏らず、複数のものを持ち合わせるという思想から、ボーイング機一辺倒からエアバス機も運航して、何か起こっても運航体制が揺らぐことのないようにと考えた可能性がある。
いずれにしても、現場のパイロットや整備士にとっては大きな環境の変化であり、ボーイング機に慣れてきたことからくる混乱は想像もできないものがある。近年エアバス機の失速事故が多発する現状で、あえてボーイング777や787の改良型という選択を捨ててまでA350の導入にこだわった理由を聞きたいものである。
JALはリージョナルジェットの分野でも、ジェイエアで使っているエンブラエルE170・190を全機MRJに変えていくとしているが、これにも疑問符が付く。MRJのメリットは燃費の向上にあったが、開発が遅れる間にエンブラエルの優位性が指摘されている。今日、それを全機退役させてMRJに置き換える必要が果たしてあるのか、背景には政府の意向もあると聞く。しかし多大な整備投資が必要な案件だ。
経営破綻から今年で8年、順調に業績を伸ばしているとはいえ、それは莫大な公的資金の導入と法人税の免除、それに大量のリストラによるもので、法人税の免除が切れた今後はANAHDと同じ土俵で勝負する必要がある。以前の経営のように、ホテル事業などの他事業に安易に手を出す環境にないことを認識する必要があろう。
新たにエアバスを導入したり、エンブラエルをMRJに置き換えることがどうしても必要という明確なメッセージは聞かれない。エアバスがA350の価格を大幅に値引きしたからといって安易に飛びついたり、ANAを優遇する政権に忖度したのか。それによる長期的な設備投資の増大が経営にどのように影響していくのか、不安材料は尽きない。
(文=杉江弘/航空評論家、元日本航空機長)