急速に進む高齢化社会の問題点がまたひとつ、浮き彫りになった。自宅から歩いて行ける距離にコンビニエンスストアもスーパーマーケットもなく、日常の食料品などの買い物が困難な65歳以上の「買い物弱者」(買い物難民)が、2015年時点で824万6000人に上るとの推計結果を農林水産省が発表した。買い物弱者は10年前に比べ21.6%も増え、地方よりも大都市圏での増加が目立つ。
このデータは、農水省の農林水産政策研究所がまとめた「食料品アクセス困難人口の推計」。店舗まで500メートル以上かつ自動車利用が困難な65歳以上の高齢者の人口を推計した。それによると、全国の買い物弱者824万6000人のうち、地方圏が447万人。東京、大阪、名古屋の三大都市圏(1都2府8県)が377万6000人となっている。
05年と比べてみよう。地方圏は416万3000人から30万7000人の増加で、割合にすると7.4%増である。三大都市圏は262万1000人から115万5000人増えた。44.1%もの大幅増だ。
大都市圏での問題の深刻さがうかがえる。大都市圏でもスーパー、コンビニ、百貨店の撤退・閉店がみられ、その一方でマイカーを持たない、利用できない高齢者が増えていることが背景にあるとみられる。
神奈川県は05年に比べ68.7%の大幅増
都道府県別ではどうなっているのか。
買い物弱者が多いのは、神奈川県・60万6000人、東京都・60万1000人、大阪府・54万4000人、北海道・45万2000人、千葉県・38万9000人の順。
逆に少ないのは、鳥取県・4万3000人、山梨県・5万人、福井県・5万1000人、徳島県5万7000人、島根県・6万1000人と、人口の少ない県が目立つ。05年に比べて増加状況は神奈川県の68.7%増が最大だ。
65歳以上の人口に占める買い物弱者の割合は24.6%になる。つまり、65歳以上の4人に1人だ。
都道府県別にみると、高い順に長崎県・34.6%、青森県・33.8%、秋田県・31.1%、愛媛県・30.9%、鹿児島県・30.5%となっている。長崎県の買い物弱者人口は14万人だが、県内の65歳以上の人口の3人に1人が該当する。ちなみに東京都は20.0%で、5人に1人である。
英国では年間8860億円の経済損失
買い物弱者問題は、農水省だけでなく厚生労働省、国土交通省、経済産業省が関連対策事業を行い、総務省は実態調査を実施している。ひとつの省庁ではカバーしきれない広範な対策が必要な問題なのだ。
経産省の「買い物弱者・フードデザート問題等の現状及び今後の対策のあり方に関する報告書」は、14年度に行った調査を踏まえて作成されたもので、日本国内の状況分析、展望に加え、欧米の実情が紹介されている。
買い物弱者問題は、欧米では「フードデザート」(食の砂漠)として捉えられており、英国や米国の研究が先行しているという。
ビタミンや食物繊維、ミネラルなどの栄養を摂取する機会が減ることによる健康被害、大型スーパーが郊外に進出することに伴う市内中心部の食料品店の廃業による街の防犯機能の低下、治安の悪化が犯罪の温床になる。さらには、コミュニティの希薄化。加えて、暮らしにくくなることによる社会的弱者が1カ所に集中して住むなどが、買い物弱者問題の負の側面とされる。
英国の05年の研究によると、英国におけるフードデザートによる経済損失は60億ポンド(現在のレートで約8860億円)との試算も出ているという。これは食生活の劣化に起因する医療費の増加によるもので、英国全体の医療費の約10%にあたる。
経産省の報告書は14年度時点での買い物弱者を約700万人と推計し、今後の展望として次の3点を指摘している。
(1)農村地域では過疎化が進むため、買い物弱者の母数自体は減少するが、問題は継続する。
(2)大都市、ベッドタウン、地方都市では高齢化率が上昇するため自動車での移動ができなくなり、買い物弱者化する高齢者が増える可能性がある。
(3)核家族による子育て世帯や単身高齢者世帯、非正規雇用者といった社会的弱者の間で問題が発生し、深刻化する可能性がある。
買い物弱者・フードデザート問題は、高齢者だけの問題ではない。格差社会、共働き社会の写し鏡だ。より下の世代に広がりかねない。しかも、現状では抜本的な対策はなく、自治体と民間による対症療法的な対策しか打てていない。
この先、どうなってしまうのか。実効性のある対策は何かを改めて考えてみたい。
(文=山田稔/ジャーナリスト)