一般に、地方に拠点を置く東証上場企業は、地元の若者が就職先として希望するケースが多い。地域の経済を支え、雇用の受け皿としても大きな役割を担っている。
一方で、上場企業が全国で唯一ゼロの県がある。長崎県だ。大学数が多いので高卒者の進学先は県内が比較的多いが、大学を卒業すると県外に就職してしまう、地元就職率が低い県と言える。2021年11月30日に公表された総務省の2020年度調査によれば、総人口の5年前比はマイナス4.7%と、減少率は全国で5位だ。一方、厚生労働省の調査によると、2019年度の出生率は1.66で、全国で3位と高い。出生率が高いのに、なぜ人口が減るのだろうか。
2017年版の学校基本調査では、長崎県の大学進学による流出者数は九州内の隣県と変わらない。流出率で見ても12%で、隣県の佐賀県22%や宮崎県19%に比べ、むしろ低い。問題は20歳以上の転出者数だ。長崎県は九州内でトップ、全国で3位である。就職を控えた大学3~4年と短大卒以上の若者(20~24歳)、それ以外の年齢層が県外に出ている比率が高い。地元の大学への進学状況は平均クラスであるが、卒業ととともに県外に流出する率が高い傾向にある。
大学卒業後に地元に就職しないで県外に就職する人数や率が、全国で最上位クラスの長崎県。この県外流出をいかに減らすかが、長崎大学など県内の大学にとっても、卒業生の地元就職を増やす大きな課題となっている。
「大学生の地元就職の意識」(マイナビ・2021年3月調査)では、全国で約6割の学生が地元(Uターン含む)就職を希望している。新型コロナウイルスの影響で就職活動のオンライン化が進み、帰省せずとも地元企業を受けやすくなったことがひとつの要因だろう。さらに、コロナ禍による若者の価値観の変化も無視できない。今こそが地元就職率向上のチャンスと言える。
地元就職率向上へ…長崎県に転機到来
最近の調査(日経新聞「データで読む地域再生」、国税庁「法人番号公表サイト」より集計)で、長崎県は山口県に続いて新規企業の増加率が全国2位に躍進した。
江戸時代に外国との唯一の窓口であった出島にならって、スタートアップ交流拠点「CO-DEJIMA」を長崎市に開設した。起業家に加え、創業経験者や地銀など地元の金融マンも交えた異業種交流を行う。長崎大、長崎県立大学などと連携し、IT企業とのAIやロボットなどに関する交流会も開かれた。「起業家大学」では、大学や大学院で起業したベンチャー企業家が講演をしている。
同所には、食用コオロギを生産・加工する食品会社などが入居している。巣立った企業が起業家のシェアハウスをつくるのだ。起業する人に最大200万円を支給する制度の採択数は2021年度には35件となり、前年度の3倍近くになった。
出島にも起業ビジネスが集まっている今こそ、地元の雇用吸収力を上げるため、大学の試みを具体的に促進すべきだ。大学コンソーシアム長崎をベースに、「地元に生涯の夢を育てよう」というプラットフォームをつくっている。同コンソーシアムは、長崎県内にある8大学、2短期大学、1高等専門学校が協力して、地域の行政や産業界と連携しながら、地域社会の教育・文化の向上および発展に貢献することを目的に設立された。
「FECS」の長崎県には起業のタネがいっぱい
2021年9月に亡くなった経済評論家の内橋克人さんが、著書『浪費なき成長――新しい経済の起点』(光文社)で提唱してきたFEC自給自足経済論は、フーズ、エネルギー、ケアのFECの3本柱である。長崎の場合、それに観光の「S」(サイトシーイング)を加えるべきであろう。大学コンソーシアム長崎は、そのEFCSの推進者としてプラットフォームを発展させるべきだ。
Fの食糧については、田植えやビニールハウスでの野菜栽培、島で漁業収穫体験、水産物加工などの実習を充実させる。次に、長崎県全域を複数のプロジェクト実践地域に分け、地域の課題を地元とともに解決していく。そして、各地域の1次産業の農水産業、2次産業の食品製造業、3次産業のマーケティングをかけ合わせて、6次化を進める。
この産業の融合により、雇用の創出や所得の向上などの成果を生み出すのだ。長崎大に水産学部はあるが、長崎の各大学には農学部がない。農水産業の6次化を実践的に学ぶ新学部創設や学部改編を望みたい。長崎県農水産物のブランド化が新学部のポンイトとなるだろう。
長崎大の世界最先端の浮沈式潮流発電システム
Eの自然エネルギーの利用は、温暖化対策としても日本の地域社会にとっても、重要な課題だ。今日では、太陽光のソーラーパネルや風力発電の風車が並ぶ風景は、地方では珍しくない。たとえば、長崎県の五島列島は「再エネの島」として知られ、約50基の風車が並んでいる。
五島列島の自然エネルギー活用プランは、雇用だけでなく、新たな高級魚を生む可能性がある。風車の海中の土台に、イシダイ、クエ、タカベなど高級魚が棲み着くことが確認された。Fにも貢献する。その水産物を活用した海の料理店と6次化への道筋も生まれよう。
五島市では、2023年には太陽光エネルギーや風力発電で地元の消費電気需要の8割をまかなう予定だ。エネルギーの地産地消のモデルケースである。
長崎大の計画でも、さらに五島列島における浮沈式潮流発電システムに挑戦している。五島市の奈留瀬戸において約1カ月間の潮流発電実証実験を行い、安定した発電性能を確認した。潮流発電は予測可能で信頼性が高い。欧州では2016年から潮流発電の商業発電が開始されている。同大では今後、装置の大型化を進めて「低流速」と「低コスト」の特徴を活かして離島などにおける実用化を目指している。
ヘルスケア・メディカルケア先進県に向けて
Cのケアも重要だ。2019年度厚生労働省「医療統計」調査によると、長崎県の一般診療所数は人口10万人当たり103.1件、全国3位である。医師の数は、全国平均217.5人に対し、271.3人で全国7位となっている。今後は国立大学医学部地域枠の拡充で、この件数比率は高まるだろう。
その医療資源を生かして、国外からの医療のサポートを必要とする人たちも視野に入れた、ネットワークエリアに発展させるべきだ。長崎大学生協や地域のステークホルダーと連携する「ヘルシーキャンパス」構想も参考になる。長崎大学ヘルシーキャンパス・プロジェクトの根底に「長崎に根づく伝統的文化を継承しつつ、豊かな心を育み、地球の平和を支える科学を創造することによって、社会の調和的発展に貢献する」という大学の理念があるからだ。
日本の高度な治療や検診を受けるために来日を希望する者は少なくない。たとえば、対馬に韓国人向け、五島列島に台湾や東南アジア向けの医療リゾートを建設し、先進医療を希望する患者を受け入れる。国の認定で国際協力活動の一環として「国際医療交流」という位置づけも考えられる。韓国人被爆者の治療をした長崎友愛病院などの実績もある。また、長崎外国語大学にその対象国別の通訳を育成する。長崎県内の島々が医療ツーリズムの拠点となり、佐世保の造船力を利用して、日本初の病院船・医療船を築造する計画を立てることも考えられる。
ポストコロナの新ビジョン観光を長崎で展開
長崎県は、古代の「洞窟遺跡日本一のまち」佐世保から始まって、島原、出島、五島列島、大村、対馬……天草四郎、オランダ交易、隠れキリシタン、軍艦島と、歴史を刻んできた。この歴史的遺産の持つ意味は大きい。
たとえば、世界歴史遺産の五島列島は、島の自然とともに隠れキリシタンの信仰や天主堂などの史跡を擁する稀有なエリアである。その際、黙殺されたと言われる「生月島(いきつきしま)」の「祈りの記録」も、世界のクリスチャンにとって信仰と信者の置かれた土俗風俗との関係を考える契機となり、五島列島の隠れキリシタンの多様性を知る手がかりになる。
これらの長崎に関する情報を県下の大学コンソーシアムが再整理して、観光マップとしてデジタル化する。Sの観光につながる。たとえば、長崎国際大学を中心にしたハウステンボスの魅力再構築も、学生の課題解決型のテーマになり得るだろう。
長崎県下の大学が地元のさまざまな資源を再発見し、大学発ベンチャーとして企業化していけば、地域活性化による雇用創出にもつながる。まさに全国的に注目すべき試みとなるであろう。
(文=木村誠/教育ジャーナリスト)