新時代、求められる海自トップ像とは?
ところが、その既定路線が揺らぎ始める。今から3年ほど前の話だという。当時、海幕勤務だった前出の2佐が、この頃の様子をこう振り返る。
「山下元海将は、あまりにも優秀で立派すぎる。だから発揮する個性も強い。そんな“できすぎた上司”を前にすると、部下は立場がない。結果として組織のパフォーマンスを最大限に引き出せなくなるのではと懸念する声が、深く静かに広まっていきました」
旧海軍の正当な伝統継承者を自認する海自だが、その組織風土は、伝統の核となる部分を残しつつも、時代に合わせて器用に変化していくところに特色がある。不易流行だ。
かつての旧海軍を経験した者も在籍していた昭和期から、バブル期、バブル崩壊後の不況期を経て、人権意識が成熟した平成も終わろうとしている今、海自を取り巻く環境と内部の空気感は大きく変わってきた。そうすると、おのずと海自に求められるリーダー像も変わってくる。
「かつては、押し出しが強く、自らビジョンを打ち出すトップダウン型のリーダーが理想とされていました。しかし、近年は、温和でマネジメント力に長けた調整型のリーダーが求められています。2005年に就任した斎藤隆元海幕長以降、その傾向が顕著です」
経済誌「週刊ダイヤモンド」(ダイヤモンド社)で特集『自衛隊 防衛ビジネス 本当の実力』(2017年8月26日号)にも参加した経済ジャーナリストの秋山謙一郎氏は、海自が求めるリーダー像をこう語った。
海幕長室の金庫にある“虎の巻”に書き記された強力な対抗馬
確かに、「防衛省と制服組との関係の見直し」を求めたことで知られ、今なお論壇やマスコミにもたびたび登場する、古庄幸一元海幕長(2005年勇退)を最後に、海自のトップは変わった。かつての勇猛果敢な闘将から、先述の斎藤隆元海幕長以降、先代の「初の事務系職種」出身の村川豊元海幕長まで、いずれも周囲の声に耳を傾け、部下の可能性を引き出すタイプの、温厚な「仁将」もしくは「知将」として知られる人たちが「海自のトップ」へと就いている。
その基準でみれば、何事も率先垂範、自らの個性を前面に押し出し、強いリーダーシップを発揮することで知られる山下元海将は、漏れ聞こえる好漢ぶりはさておき、やはり「遅れてきた古いタイプのリーダー」と映る。
こうした時代の空気感を反映してか、それまでの“山下元海将=次期海幕長”という既定路線は次第に鳴りを潜めていく。同時に、内部では“荒唐無稽ではあるが耳目を引く噂”が頻々と流れていた。それは、以下のようなものだ。
「海幕長室の金庫には、時の海幕長から数えて次代、次々代までの海幕長候補の名が記された『虎の巻』がある。そこには当然、最有力候補として山下氏の名が記されていたが、優秀がゆえに濃すぎるキャラを心配する声もあり、山下氏に対する強力な“対抗馬”を立てて、その人の名前もメモしておくよう“天の声”が下った」