自衛隊は“たったひとりのスーパースター”を必要としない
ここでいう“天の声”とは、将官クラスで退官したOBのほか、国民の代表者である政界に属する人、そして市民の代弁者であるマスコミ関係者を指す。この外野の声をきっかけに、海自として温めてきた人事のお膳立てをちゃぶ台返しする動きが水面下で加速する。
その動きの核となったのが、海自のニューリーダーともいうべき海将補、将補昇進目前の1佐クラスたちだ。そのうちのひとりで山下元海将の海幕長就任に強く反対した海将補が、自らの思いをこう語った。
「とてもさっぱりした人柄で知られる山下元海将ですが、彼が海幕長になると、その優秀さから、部下となる全海自隊員の個性が霞んでしまいかねません。山下元海将は、あまりにも輝きすぎでした。トップには、時に陰から静かに部下や組織を見守ることも求められます」
数々の重職をこなしてきた山下元海将だが、その評価は「能吏」ではあっても「海自のトップ」としては、今の時代にそぐわなかったといったところか。海将補は続けてこう語る。
「国民の皆様から自衛隊という組織をお褒めいただける時代とは、どういう社会情勢であっても本来は好ましいことではありません。そうしたなかで、自衛官がひとり目立つということは、たとえその人が優秀であったとしても、あってはならないことです」
自衛隊、とりわけ海自は、どういった基準でも目立つ人は疎まれる気風がある。この海将補は、自らに言い聞かせるように言う。
「海自に、そして自衛隊に、“たったひとりのスーパースター”は不要です。海幕長に求められるのは、海自にいる隊員たち一人ひとりの個性を引き出し、組織としてのパフォーマンスを高めることです」
こうして、「優秀すぎる」という理由で、「海自のホープ」と誰もが認める俊秀を「勇ましく退いて」もらう方向へと舵が切られたのだ。
(文=編集部)