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鷲尾香一「“鷲”の目で斬る」

画期的新薬・キムリア、1回3千万円超に保険適用決定…健康保険制度の危機と命の問題

文=鷲尾香一/ジャーナリスト
画期的新薬・キムリア、1回3千万円超に保険適用決定…健康保険制度の危機と命の問題の画像1「Gettyimages」より

 白血病治療の新薬「キムリア」が保険適用されることになり、健康保険制度に対する影響が懸念されている。麻生太郎財務相は5月21日の記者会見で、22日から「キムリア」の保険適用が開始されることについて問われ、「高額の医療をやって存命期間が何年ですっていうとだいたい数カ月、そのためにその数千万の金が必要なんですかってよく言われる話ですけど」と答え、高額の治療薬に国の保険制度を適用することに疑問を呈したことで、物議を醸している。

「キムリア」はスイスの大手製薬企業のノバルティス社が開発した急性リンパ性白血病の画期的な治療薬。医薬品の有効成分は、通常は特定の化学物質でつくられているが、キムリアの有効成分は化学物質ではなく、生きた細胞だ。

 血液の中には、体内に存在する異物を攻撃、排除する役割を持つ免疫細胞がある。キムリアの有効成分は、このうちT細胞と呼ばれる免疫細胞だ。急性リンパ性白血病患者自身の血液を採取し、ノバルティス社の「細胞加工施設(CPC)」で、採取した血液からT細胞だけを分離し増殖させると同時に、「がん細胞を攻撃する能力を高めるための加工」をする。こうして出来上がったキムリアを患者に投与する。

 この加工で行われるのは、キメラ抗原受容体(CAR)と呼ばれる遺伝子を導入すること。CARはがん細胞を探索するレーダーのような機能を有しており、キムリアは人工的に遺伝子操作を行った治療薬ということになる。

 キムリアの臨床試験では、急性リンパ性白血病の患者68人中63人に効果が認められ、83%にあたる52人の患者が、キムリア投与後3カ月以内にがん細胞が消失するという極めて高い効果を示した。ただ、患者一人ひとりの免疫細胞に遺伝子を導入する作業が必要で、大量生産ができない完全なオーダーメイドのため、非常に高額な治療薬となっている。

「オプジーボ」

 5月15日の中央社会保険医療協議会で「キムリア」は保険適用薬となった。国内薬価は3349万3407円。健康保険では1~3割が自己負担だが、3割自己負担の場合だと自己負担額は約1000万円となる。しかし、健康保険には「高額療養費制度」があり、自己負担の上限額を超えた場合には、その費用は税や保険料により健康保険が負担する。たとえば年収が500万円の場合の自己負担額は40万円程度、もっとも高い自己負担額でも約60万円で済む。

キムリア」の登場で、同薬が保険適用治療薬でもっとも高額となったのだが、それまではがん治療薬の「オプジーボ」が最高額だった。オプジーボは小野薬品工業が開発した免疫療法薬で、悪性黒色腫などに効果がある。ただし、キムリアとは違い、複数回にわたる投与が必要で、たとえば体重60キロの患者が1年間26回使用した場合には、必要な薬代は年間3500万円 になる。そして、健康保険が適用されているため、患者の個人負担は月額約8万円だ。

 2015年の日本の肺がん患者推定数は約13万人で、もし患者5万人がオプジーボで治療すると、1年間の薬代は3500万円×5万人=1兆7500億円、10万人なら3兆5000億円が必要になる。当然、健康保険制度の財政を悪化させるだろう。

 麻生財務相が言わんとしたのは、こうした健康保険の財政に与える悪影響についてだ。実は、高額の健康保険適用薬については、オプジーボが保険適用薬となった時にも沸き起こっている。

綱渡りの健康保険財政

 自営業者や農家などが入る健康保険である国民健康保険は、厚生労働省によると2017年度の収支が450億円の赤字となっている。国民健康保険は、財政健全化のために18年度から運営を都道府県に移したが、都道府県は保険料を算定する「参考値」として「標準保険料率」を示すことが定められ、共産党が19年度の「標準保険料率」に基づいて国民保険料(税)を改定した場合の負担額を調査したところ、全国の8割の自治体で年平均4万9000円の大幅値上げとなることが判明している。

 共産党によると、10月からの消費税率引き上げを加味すると、「年収400万円で4人世帯の場合、大阪市で7.4万円、新宿区で13.3万円の負担増となる」という。こうした実態があるにもかかわらず、現在の健康保険、特に国民健康保険は税金で赤字を穴埋めしながら、保険料を引き下げたり、据え置いている。

 もちろん、新薬が開発され、病気治療がなされ、健康を取り戻すことは、喜ばしいことだ。しかし、高額の治療薬が保険適用になることは、国民の健康を底辺で支えている健康保険制度の存続に大きな影響があるのも事実。「キムリア」の場合、厚労省は患者数をピーク時で年216人、販売金額で72億円と予想しており、健康保険の財政を脅かすほどのものではないかもしれない。

 ただ、ある大手病院の内科医は、こう指摘する。

「キムリアの自己負担は1回で60万円、オプジーボの自己負担は月額8万円といっても、かなりの自己負担になることは間違いない。治療が受けられるのは、ある程度の収入がある患者だ。そういう点では、保険適用薬になったからといっても、だれでもが治療を受けられる『平等なもの』ではないだろう」

 今後もキムリアのような新薬が、高額の保険適用薬となる可能性は大きい。すでに、いくつかの新薬が保険適用の候補薬となっている。こうした高額の保険適用薬については、健康保険制度への影響、治療を受けられる患者の貧富といった問題から、どの程度の病状や年齢まで保険適用で治療するのかという命の問題まで、さまざまな議論が必要になるだろう。
(文=鷲尾香一/ジャーナリスト)

鷲尾香一/ジャーナリスト

鷲尾香一/ジャーナリスト

本名は鈴木透。元ロイター通信編集委員。外国為替、債券、短期金融、株式の各市場を担当後、財務省、経済産業省、国土交通省、金融庁、検察庁、日本銀行、東京証券取引所などを担当。マクロ経済政策から企業ニュース、政治問題から社会問題まで様々な分野で取材・執筆活動を行っている。

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