北朝鮮の朝鮮労働党はこのほど、先月下旬のロシア軍のウクライナ侵攻を受けて、党中央委員会を通じて地方の党委員会に対して、「同盟国であるロシアが戦争状態に入り、国際関係が緊張しており、第3次世界大戦勃発に備えて、各党委員会は指示があり次第、いつでも党員を動員できるよう準備を整えなければならない」などといった緊急指示を発出していたことが明らかになった。
すでに、西側の軍事攻撃に対応するかのように、北朝鮮は先月27日と今月5日、各1発ずつ弾道ミサイルを発射。防衛省はいずれも大陸間弾道ミサイル(ICBM)級だったとする見解を明らかにしているが、金正恩党総書記は、同国北西部東倉里にあり、過去に事実上の長距離弾道ミサイルを発射した「西海衛星発射場」を現地指導し、大型ロケットを発射できる施設を拡充するよう指示するなど戦闘準備態勢を整えつつあるようだ。
核開発を正当化
北朝鮮外務省報道官は先月下旬、ロシア軍のウクライナ侵攻について、たんに「ウクライナ有事」と表現。両国の戦闘状態の原因については、「米国と西側」が「ロシアの合法的かつ正当な要求を無視」したためと前置きして、「主権国家の平和と安全を脅かす米国の一方的かつ二重基準的な政策が存在する限り、世界にはいつになっても平穏は訪れない」などと米国を強く批判している。
その一方で、ロシア軍の侵攻や戦闘状態などについて、北朝鮮メディアは一切報じていないが、米政府系報道機関「ラジオ・フリー・アジア(RFA)」などによると、北朝鮮の住民は中国在住の親類などを通じて具体的なニュースについて伝え聞いているようだ。また、党中央委員会も地方の党支部を通じて、党幹部には「ウクライナ有事」についての情報を知らせるとともに、指示があり次第、党員を動員できるような態勢を整えておくよう命令しているという。
このようななか、北朝鮮の党幹部の間では「ウクライナが核を持っていれば、戦争が起きただろうか」「ウクライナの事態は『核を保有していれば、だれも侵攻できない』という現実を物語っているものだ」との主張が声高に叫ばれており、「金正恩総書記による核兵器開発と性能の向上はわが国を守るうえで、まったく正しい選択なのだ」と北朝鮮の核開発を正当化する議論が盛り上がっているという。
この動きと一致するように、11日付の党機関紙「労働新聞」は1面トップで、金氏が北西部東倉里にある「西海衛星発射場」を視察したと報道。金氏は軍事偵察衛星などを「大型運搬ロケット」で打ち上げられるよう、「組み立てや燃料注入などの施設を現代的に改修・拡張するための課題を示した」と同紙は伝えている。同紙は、サングラスにジャンパー姿の金氏が固定式の発射台とみられる構造物や完成予想図などが書かれたパネルの前で関係者に指示する様子の写真を掲載するなど、金氏の「1号指令」を大々的に報じている。
北朝鮮、経済破綻の懸念
このようななか、北朝鮮の核開発にとって、大きな障害になるような事態も起こっている。それは、ロシア軍のウクライナ侵攻に伴う欧米諸国を中心とする厳しい経済制裁で、ロシアの通貨ルーブルが大暴落していることだ。9日の国内取引で対ドルと対ユーロで最安値を更新。対ドルで120.83ルーブルまで下落。終値は前営業日4日と比べて12.5%安の120ルーブルとなった。対ユーロでも6.3%安の127ルーブルで、一時131ルーブルまで下落した。
これに伴い、ロシア国内で働く約2万人の北朝鮮人労働者が国家に納める「国家計画金」といわれる上納金を支払えなくなっているというのだ。RFAによると、北朝鮮人労働者は毎月約700米ドル(約8万1000円)を納めなければならない。ところが、ルーブルの下落で、侵攻前は700ドル=約6万ルーブルだったものが、いまは8万ルーブル以上になり、朝早くから深夜11時まで働いても、上納額に達しないという状態になり、労働者は飲まず食わずの状態に追い込まれている。このため、宿舎から脱走する者も出ており、北朝鮮の核開発を支える外貨が不足している事態が起きているという。
ロイター通信などによると、ルーブルの暴落でロシア国債のデフォルトが起こる可能性も出ており、その場合、ルーブル安がいっそう進むのは確実で、ロシア経済が危機的な状態に陥れば、同時に北朝鮮経済も破綻することが考えられる。
(取材・文=相馬勝/ジャーナリスト)