11月15日、ウクライナ国境に近いポーランド東部プシェヴォドフ村にミサイルが着弾し、2名のポーランド人が亡くなった。複数の海外メディアの報道によると、着弾したミサイルは、1970年代に製造されたロシア製「S-300ロケット」である可能性が高いという。
ウクライナのゼレンスキー大統領は、「軍の報告によると、ロシアのミサイルがポーランドを攻撃した」との見解を示した上で、「ロシアの戦争犯罪のエスカレーションで、私たち(西側諸国)は行動しなければなりません」と述べて「ポーランドの兄弟姉妹」への支持を訴えた。
同日、ロシアはウクライナ全土に激しいミサイル攻撃を行っていて、特にウクライナのエネルギー関連、インフラ関連施設が標的にされた。
ポーランド現地メディアによると、プシェヴォドフ村にもミサイルが着弾した場所から5キロメートル離れたところに、ポーランドとウクライナを結ぶ唯一の送電線があり、10キロメートル離れたところにドブロトヴィルスカ火力発電所もあるので、ロシアの標的になりやすい場所だそうだ。
ポーランドとNATO
ポーランドはNATO(北大西洋条約機構)加盟国で、集団安全保障体制をとる。NATO条約第4条には「締約国は、領土保全、政治的独立又は安全が脅かされていると認めたときは、いつでも協議する」、第5条には「締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する攻撃とみなす」として、「兵力の使用を含む行動を直ちにとる」という規約がある。そこでポーランド政府は16日、NATO本部のブリュッセルで緊急会合を開催した。
その会合で、ポーランド政府、NATOのイェンス・ストルテンベルク事務局長、ジョー・バイデン米大統領の見解としては、「ウクライナが使用しているロシア製の迎撃ミサイルの可能性が高い」「ただし、追及すべき責任はロシアにある」との見解で一致した。
ポーランドのアンジェイ・ドゥダ大統領の記者会見を報じた現地メディアによると、「ウクライナは、ロシアのミサイル攻撃から自衛するために迎撃ミサイルを発射しました。責任はロシア側にあります」「ポーランドを狙った意図的な攻撃ではありません。不運な事故だった可能性が最も高いでしょう」と語り、ミサイルはウクライナ側の誤射だが、責任はロシアにあるとの見方を示した。
さらに、ポーランドのマテウシュ・モラヴィエツキ首相は、「(この事件を利用して)ポーランドとウクライナを対立させるためのロシア側のプロパガンダに注意しなければならない」と述べ、ウクライナを責めないように注意喚起。その上で、「現時点でNATO第4条を行使する必要はないでしょうが、私たちの国の防衛手段として常に行使できる」との声明を発表し、ロシアを牽制した。
ベラルーシが関与?
なお、ポーランドの一部の軍事専門家の間で、着弾したミサイルは「ベラルーシから発射された」との説がある。Newsweekの報道によると、「11月9日の衛星映像により、ロシア軍部隊がベラルーシに集結し、ウクライナ北部に侵攻する準備をしている可能性がある」という。
かつてポーランドの特殊部隊「GROM」を指揮し、現在はポーランド国家安全局のメンバーであるロマン・ポルコ将軍は、ポーランド現地メディアの取材に対して、「ロシアの発射した攻撃ミサイルではないとしても、ベラルーシからウクライナの北部、リビウ地域への攻撃を行った可能性がある。ベラルーシは事実上、ロシアの軍事占領下にある」とし、今回の件にベラルーシが関連している可能性を示唆した。
同氏によると、「ウクライナはすでにロシアとベラルーシ双方から攻撃を受けている。(ベラルーシがまだ軍隊を派遣していなくても、事実上、ロシア軍に協力している)ベラルーシからの挑発だったと推測することもできる」という。
そうだとすれば、何を目的とした挑発なのか。同氏は、「今回はNATOの反応のテストになる可能性もある」という。さらに、「米国のメディアのみから真実を知ることは困難です。また、ロシア側もプロパガンダばかりです」として、戦時中にメディアが偏向報道を行うリスクを懸念した。
ポーランドはドイツと連携して防衛強化、飛行禁止区域は?
ドゥダ大統領は、有事の際に軍隊がいつでも出動できるよう、国境沿いでの防衛体制を強化し、さらに上空での監視についてドイツ空軍とも連携体制をとれるよう協議を行うつもりだとしている。
ポルコ将軍は「ポーランド領土での、より多くの防空措置の導入、空域監視の強化、戦闘機」も必要だが、「NATO同盟地域の拡大」することや、「ウクライナの領土にもNATOの防空システムを展開する可能性も考慮すべきである」と主張している。
つまり、「ウクライナとポーランドの国境沿いをNATOが飛行禁止区域に指定する」という案で、かねてウクライナのゼレンスキー大統領がNATOに繰り返し要請していたことだ。
しかし、ロイター通信によると、ドイツ政府が「ロシアとNATOが直接対立し、ウクライナ戦争がエスカレートする懸念がある」として反対しているという。実際に、プーチン大統領は、飛行禁止区域に加わった国をロシアは「戦闘参加者とみなす」と警告している。
また、複数の軍事専門家によると、「飛行禁止区域を設定する際、設定側の空軍の軍事力が制御される側の軍事力より圧倒的に優勢ではないと効果がない」という見解もある。NATOがロシア軍より「圧倒的優勢」ともいえないので、一か八かの作戦にはなるだろう。
ロシアの非礼な対応
ポーランド政府は駐ポーランド露大使のセルゲイ・アンドレエフ氏をポーランド外務省に緊急召喚し事情聴取しようとしたが、なんとアンドエフ氏はわずか4分で帰ってしまったそうだ。
ポーランド現地メディアの報道によると、その際の様子を次のように報じている。
「アンドエフ大使はポーランドのズビグニエフ・ラウ大臣と握手さえしなかった。外交官が大使に事件の状況とポーランド政府の見解を説明した外交メモを渡すと、アンドエフ大使は礼儀作法を無視してそそくさと帰ってしまった」
だがロシア国防省は、「ロシアが国境沿いをミサイル攻撃した」という事実すら否定した。
「ロシアのミサイルがプシェウォドフ村に落下したというポーランドのメディアと当局者の声明は、(ロシアとウクライナの)紛争をエスカレートさせるための意図的な挑発です。今日、ポーランドとウクライナの国境近くの標的に対する攻撃は行われていません」
バルト三国
ポーランド同様にロシアから独立した歴史があり、NATO・EU・OECD加盟国であるバルト三国のエストニアとラトビアは、ロシアを非難する声明を発表した。
ラトビアのアルティス・パブリック副首相はツイッターで、「ポーランドの兄弟たちに哀悼の意を表する。ロシアの犯罪政権(プーチン)はミサイルを発射し、ウクライナの民間人だけでなく、NATO領土のポーランドにも着陸させた。ラトビアはポーランドの友人を全面的に支持し、これを犯罪と非難する」と述べた上で、「NATO協定は有効である」と強調した。
エストニア政府は、「我々はポーランドや他の同盟国と緊密に協議している。エストニアはNATO領土の隅々まで防衛する準備が整っている。我々は同盟国と完全に連帯している」との声明を発表した。
アンドリー・グレンコ氏に取材
筆者が、ウクライナの国際政治学者で『ロシアのウクライナ侵略で問われる日本の覚悟』(扶桑社)などの著者アンドリー・グレンコ氏に、今件に関しての見解をインタビューしたところ、ウクライナが遺族に賠償すべきとの認識を示した。
「大変残念ながら、ウクライナのミサイルでしょうね。事実であれば、ウクライナは遺族に謝罪と賠償をするべきです。しかし、賠償責任はロシアにあります。ロシアの在外資産を没収してウクライナの賠償金に充て、ウクライナが犠牲者の遺族などに賠償すべきでしょう」
このように述べたうえで、ロシアの責任について次のように言及。
「ロシアの戦争犯罪も追及すべきです。ウクライナ軍によると、14日のロシアは開戦日から最大規模の攻撃を行い、民間のエネルギー施設やマンションも狙っていました。プーチンの目的はウクライナ人へのジェノサイドであり、今件はロシアの戦争犯罪ですから、NATOがロシアをもっと強く非難するべきです」
同氏は、ウクライナへのさらなる武器の支援の必要性を説く。
「今回のようなロシア製の古いミサイルによる流れ弾がないよう、ウクライナへより性能の良い防空装備を提供することも必要です」
仮に今回のミサイルが、どの国が発射したものだとしても、責任はロシア、プーチンにある。NATOとロシアの全面戦争は避けたいが、プーチンの戦争犯罪はエスカレートしていて、隣国にまで悲劇が及んだ格好だ。
NATOはより断固とした態度でプーチンを非難するべきではないだろうか。そもそも、NATOとロシアの緩衝地帯にあるという地理的条件から、ウクライナは“NATOの代理戦争”に巻き込まれたわけで、大勢のウクライナの人が犠牲になるのは不条理なのだから。
(文=深月ユリア/ジャーナリスト、女優)