「地域おこし協力隊」として東京から高知県土佐市に移住した女性店長が、地元の有力者に従わないことで追い出されそうになり、その事態を告発したツイートが大きな反響を呼んでいる。「崖っぷちカフェ店長@理不尽な退去通告、私物化されたNPO法人と戦う」というアカウントから「田舎はどこもこうなんですか?」と書き込まれた。そのツイートによれば、この移住者は、市が所有する物件で地元食材を使ったカフェ「ニールマーレ」を開業し、約8年かけて人気店へと成長させた。しかし、数年前からカフェが入居している建物を管理するNPO法人の理事長(80歳前後の男性)から、知り合いの料理人を雇うよう強制されるなど恫喝を受けてきた。店員らには怒鳴り散らし、店長に向けたセクハラ行為もあったという。
こうした横暴に店長が反発したところ、理事長は物件から退去するよう通告する文書を突きつけてきた。しかし、その文書は理事長が他のNPO会員に無断で「会員全員一致」のハンコを押した捏造文書だった。店長は市の担当者に相談して助けを求めたが、市も地元有力者である理事長には「何も言えない」状況にあると強調する。それは、市がかつて川の改修工事を行った際、反対住民を理事長が「切り崩し工作」で抑え込んだことがあり、その恩があるからだという。
その後、カフェやNPO法人、市がそれぞれ代理人弁護士を立て、代理人間でやり取りが行われたものの、最終的に市はNPO理事長とともに退去を迫ってきている。店長は「到底納得できません。この件をSNSに書きますよ」と言ったところ、市と理事長は「好きにすれば。たかがSNS」と言い放った。なお、カフェが退去した後には、理事長の知人の飲食店が入居する予定になっているという。
地域おこし協力隊は税金を使った国の事業
地域おこし協力隊は2009年度に国が始めた制度で、都市部から地方に移り住み、地域の魅力発信や活性化をサポートする取り組みだ。任期は1年から3年で、その間、経費として年間上限480万円(報償費等280万円+その他経費200万円)が国から自治体に支給される。協力隊の仕事は、契約する自治体が設定できる。2021年度の取組団体数(受入自治体数)は1085団体で、隊員数は6015人になっている。男女比は男性6割、女性4割で、20代と30代の若い世代が約7割を占める。国はこの隊員数を2026年度までに1万人に増やすという目標を掲げている。
地域おこし協力隊として活動する前に「おためし地域おこし協力隊」という制度もある。これにより、一定期間(2泊3日以上)、地域協力活動を体験しながら受け入れ地域とのマッチングを図ることができる。また、隊員としての実際の活動や生活がより具体的にイメージできるように、2週間~3カ月、実際の地域おこし協力隊と同様の活動に従事する「地域おこし協力隊インターン」という制度もある。土佐市のようなトラブルに巻き込まれないためにも、これらの体験制度は積極的に活用したほうがよさそうだ。
地方移住の難しさとは
土佐市のトラブルをみると、地域の有力者である理事長が、移住してきた店長を「よそ者」扱いしているのが垣間見える。福井県池田町は1月中旬、町の広報誌に移住者への提言「池田暮らしの七か条」を掲載し、物議を醸した。その七か条とはこうだ。
第1条「集落の一員であること、池田町民であることを自覚して下さい」
第2条「都市にはなかった面倒さの存在を自覚し協力して下さい」
第3条「集落は小さな共同社会であり、支え合いの多くの習慣があることを理解して下さい」
第4条「今までの自己価値観を押し付けないこと。また都会暮らしを地域に押し付けないよう心掛けて下さい」
第5条「プライバシーが無いと感じるお節介があること、また多くの人々の注目と品定めがなされていることを自覚して下さい」
第6条「集落や地域においての、濃い人間関係を積極的に楽しむ姿勢を持って下さい」
第7条「時として自然は脅威となることを自覚して。特に大雪は暮らしに多大な影響を与えることから、ご近所の助け合いを心掛けて下さい」
良心的に解釈すれば、都会と田舎での暮らし方は違うと説明し、協力を呼び掛けたものだが、言葉遣いが厳しいためにSNSでは批判の的となった。新しく田舎暮らしを考えている人はじっくり考えるべき内容だ。
日本全体が人口減で特定地域だけ増やせるか
「地方創生」「地域創生」「地域活性化」「まちおこし」「むらおこし」――。似たような言葉がたくさんある。それぞれ意味するところは微妙にニュアンスが違うものの、その目的を大雑把にいえば、高齢化・過疎化が進む地方を何とかしようという話である。人口減少・流出を食い止め、人口増加により地域経済を活性化し、魅力的な街づくりをしようということだ。
観光客を誘致して地域活性化を図る取り組みは、全国どこでも行われている。イベントや地元特産品についてうまく情報発信できれば観光客を増やし、特産品の売り上げ増加につなげられるだろう。しかし、それによって過疎化に歯止めをかけ、人口増加に成功した地方の小さな町や村はわずかで、全体で見れば、ほとんど大きな成果は現れていない。
そもそも、日本全体の人口が減少し続けているなかで、特定の地域だけ、あるいは地方の過疎地域だけ人口増加・維持するというのはリアルな話とはいいがたい。もちろん、自治体の地域振興担当者は、東京や大都市圏からの移住者を期待しているのだろうが、雇用機会を提供できなければ、結局は移住者に起業してもらうほかない。地方移住でリモートワークというワークスタイルもよく語られるが、それが可能な職種や業種はかなり限られている。コロナ禍の3年間、東京の一極集中解消を期待する向きもあったが、そんな現象はまったく起きなかった。
また、大都市のサラリーマンが定年後に地方移住するというトレンドも一部にはあるが、現役世代が欲しい自治体地域振興担当者の狙いとは異なるだろう。国による地域振興策は昭和の時代からさまざまな形で続けられている。1988年から1989年にかけて竹下登内閣が各市区町村に対し1億円を交付した「ふるさと創生事業」は税金の無駄遣いとして、今も揶揄されている。
第二次安倍内閣の2014年には「まち・ひと・しごと創生法」を議決、執行した。政府による地方活性化への取り組みは「まち・ひと・しごと創生総合戦略」「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン」という形で継続している。地域おこし協力隊も税金を使った国の事業である以上、今後どのような成果を生むのか注視していく必要がある。
(文=横山渉/ジャーナリスト)