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富家孝「危ない医療」

人生100年時代=長寿という残酷…寝たきり老人大国・日本の現実

文=富家孝/医師、ジャーナリスト
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人生100年時代=長寿という残酷…寝たきり老人大国・日本の現実の画像1「Gettyimages」より

 最近、さかんに「人生100年時代」という言葉を聞くようになった。たとえば、野村証券は「人生100年パートナー」宣言を発表し、高齢者に向けて投資信託やつみたてNISAを推奨している。また、オリックス生命保険は85歳まで加入可能な医療保険をつくり、太陽生命保険は「100歳時代年金」を売り出している。

 こうした動きを目にすると、まるで自分が100歳まで生きられるかのように思ってしまうが、なぜ今、「人生100年時代」というフレーズが言われ出したのだろうか?

 大きな要因は政府の動きである。安倍政権は2017年に「人生100年時代構想」を打ち出し、これまで8回にわたり官僚や有識者を集めて会議を開いている。先ごろ、内閣府は中間報告をまとめて発表したが、それによると、これからは「リカレント教育」(生涯教育)が大切であるとされ、官民が力を合わせて努力していくことが提唱されている。とくに、大学教育を改革し、いくつになっても学べ、それによって退職後も起業したり再就職したりできるようにしなければならないとしている。

 もともと「人生100年時代」は、英ロンドン・ビジネススクール教授のリンダ・グラットン氏らが著した『ライフ・シフト』というベストセラーが発端だ。この本では、これからの人間は寿命が延びるにつれて、人生設計を変えていかなければならないということが述べられている。

 つまり「人生100年時代」になると、これまでのように「教育→仕事→引退」の順に同世代がいっせいに進行していく「3ステージ」の人生は通用しなくなる。100歳まで生きるとしたら、80歳から20年もあるわけで、人生を「マルチステージ」にシフトしなければならないというのだ。

 これに飛びついたのが安倍政権である。「一億総活躍社会」というスローガン、「人づくり革命」という目玉政策は、『ライフ・シフト』の内容にピッタリはまったからだ。そのため、「人生100年時代構想会議」では、リンダ・グラットン教授を委員として招聘している。

長寿は素晴らしいことなのか?

 しかし、医者の私の実感からすると、果たして本当に「人生100年時代」が来るのかは大いに疑問だ。また、仮にそうなるとしても、それが私たちに幸福をもたらすかどうかはわからない。現代はともかく「長寿は素晴らしい」という価値観で動いている。しかし、本当に長寿は素晴らしいことなのだろうか?

 厚生労働省の2017年の高齢者調査によると、現在、100歳以上の高齢者は全国で6万7824人に上り、この20年間で約6.7倍も増えたという。また、国立社会保障・人口問題研究所の将来人口推計によると、100歳以上の高齢者は今後も増え続け、2025年には約13万3000人、35年は約25万6000人、50年には約53万2000人になるという。

 すでに日本人の平均寿命は女性87.14歳、男性80.98歳に達している。医学は日進月歩し、最近はゲノム治療まで行われているので、平均寿命が今後も伸びるのは確実だ。そのため、2007年生まれの人の半数は107歳まで生きられるという予測も出ている。となると、現在、30~40代の人は90歳を視野に、20代の人は100歳を視野に入れて人生設計をしなければならないということは、ある程度、納得がいく。

 しかし、それがなぜ老いても働き続けるためのカレント教育必要論になるのかは、大いに疑問だ。すでに、一部の大学では主に退職者向けのリカレント教育講座を設けているところもあり、盛況だと聞く。しかし、それで人々は幸せになるのだろうか? これからは、AI(人工知能)やロボットが人間の仕事を奪っていく。そうしたなかで、高齢者がどう働けばいいというのか?

死ぬまで元気で働く?

 いくら医学が進歩してもエイジング(老化)は進行する。平均寿命は延びるが、元気で健康でいられる「健康寿命」が同じように延びるかどうかはわからない。

 アンチエイジングのためには、医学の進歩の恩恵を受けるために、それなりのおカネがかかるのは、現在の状況を見てもわかる。とすると、「人生100年時代」というのは、それを支えるために、若い世代に大きな負担がかかるのは確実ではないだろうか?

 今でも「老後は3000万円の貯蓄が必要」ということが言われている。これが100歳まで生きるとなれば、「5000万円が必要」となるだろう。だからもはや、引退を前提とした老後資金などという考え方をやめ、死ぬまで元気で働く。そういうライフスタイルにシフトしろと、政府が言っているようにしか、私には思えない。公的年金の支給年齢の引き上げも、同じ理屈だ。

 どうやら、政府の「人生100年時代構想会議」の方々は、老いというものをまったく知らないようだ。日本は「長寿大国」と言われているが、その現実は決して誇れるものではない。

リカレント教育より終末期教育

 私は医師という仕事柄、老人施設の現場に足を運ぶことが多いが、そこで目にするのは「寝たきり老人」の多さだ。正確な統計はないが、介護者数などの統計から推測すると、現在、約200万人の高齢者が寝たきりで暮らしている。これほどまでに多くの高齢者が寝たきりで漫然と生かされている国は、世界でも稀である。日本は「寝たきり老人大国」なのだ。

 私はそういう高齢者の方々、つまり胃ろうや人工呼吸器を付けて生かされている方々から、こう言われることがある。

「先生、もう回復の見込みはないのなら、こんなかたちで生きていたくありません。なんとかしてください」

 これは、切実な願いである。つくづく長寿は残酷なものだと思う。しかし、医者は“救命装置”を下手に外すと殺人罪に問われかねないので、これができない。

 65歳で高齢者の仲間入りをした人に、「何歳まで生きたいですか?」と聞くと、たいていの人は「やはり平均寿命までは生きたいですね」と答える。しかし、平均寿命の前に健康寿命がやってくる。その年齢は、男性は72.14歳、女性は74.79歳だ。つまり、現時点で人が平均寿命で死ぬと仮定すると、男性で約9年、女性で約12年もの「健康ではない期間」がある。となると、「人生100年時代」はなんとも残酷な時代ではないのか。

 リカレント教育をするよりも、いかに心豊かに死んでいけるか、そういう「終末期教育」を高齢者にするほうが大事ではないだろうか。そのほうが、人生は豊かになる。ともかく長生きすればいい、というものではないのだ。
(文=富家孝/医師、ジャーナリスト)

富家孝/医師、ジャーナリスト

富家孝/医師、ジャーナリスト

医療の表と裏を知り尽くし、医者と患者の間をつなぐ通訳の役目の第一人者。わかりやすい言葉で本音を語る日本でも数少ないジャーナリスト。1972年 東京慈恵会医科大学卒業。専門分野は、医療社会学、生命科学、スポーツ医学。マルチな才能を持ち、多方面で活躍している。
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