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阿部誠「だまされないマーケティング…かしこい消費者行動:行動経済学、認知心理学からの知見」

なぜ私たちは、いつもネットオークションで損するのか?採るべき最適戦略はこれだ

文=阿部誠/東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授
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「Getty Images」より

 インターネットのおかげで、一般の人でもオークションに手軽に参加できるようになりました。

 Aさんは、ずっと探していたフィギュアが、新品同様のコンディションで5000円で出品されているのを見つけました。これを入手できれば、5体1組のコレクションが完成します。秋葉原を探し回ったとき、この商品が新品で売られている店が1店舗だけあったのですが、価格が1万8000円だったので、ずっと迷っていました。

 このオークションの終了日は1週間後ですが、5000円で買えるならばと、さっそく入札しました。その日から、ずっと毎日パソコンでチェックしていましたが、誰も入札する気配がありません。とうとう最終日の朝になりました。サイトを見てみると、数件の入札があって8000円に上がっていました。Aさんは、1万円までなら出してもいいかなと思いつつ出勤したのでした。

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『東大教授が教えるヤバいマーケティング』(阿部誠/KADOKAWA)

 帰宅後、オークションを確認すると1万円になっていました。「そうか、みんな同じように1万円ぐらいを想定しているのかな。予算オーバーだけれど、1人抜け出して1万1000円で入札してみよう」。いよいよ、終了5分前になりました。価格はなんと、1万5000円になっています。「やっぱり人気商品なんだ。秋葉原でも1店しか置いていなかったから、今回を逃すとコレクションを完成できるチャンスはないかもしれないな。う~ん、1万6000円まで行ってみよう」。

 するとすぐさま、1万7000円の入札があり、残り時間あと1分です。「あの店のフィギュアも売れてしまっているかもしれない」。迷いに迷ったあげく1万8000円で応酬して、やっと落札することができました。

「これでやっとコレクションが完成した」とうれしかったのですが、保証もない中古の商品に送料も加えると1万9000円近く支払ったことに、「少し早まったかな」とも感じました。後日、秋葉原の例の店で、自分が落札した商品がセールで1万5000円に下がっているのを見つけて、入札を完全に後悔したのです。

 このような経験をした方も多いのではないでしょうか? 合理的に考えれば、店で保証付きの新品を1万8000円で買うべきだったと誰でも思います。冷静な判断ができなかった要因の一つは、オークション終了のタイムプレッシャーだったのでしょう。

「偽の合意効果」「サンクコスト」「約束の段階的拡大」

 ここでは、3つの心理的要因が影響しています。

 ひとつは、自分の信条や意見を典型的なものと考え、同じ状況にあれば他者も自分と同じ選択や行動をするだろうと考える「偽(ギ)の合意効果」です。結局、店舗の在庫品は売れずにセール価格になっていたので、それほど人気の商品ではなかったのです。オークションのときは、他の参加者も同様に「偽の合意効果」にはまっていたのでしょう。

 2つ目は保有効果です。オークション終了1週間前の入札時点から、自分はあたかもその商品を保有しているような感覚が続いています。ここで引くことは商品を失うことになるため、損失を回避したいと思ったのでしょう。また、オークション開催中、毎日、サイトをチェックしたり考えたりという時間や労力に関するサンクコストを、落札することで回収したいという気持ちもあるでしょう。

 3つ目は「約束の段階的拡大」をもたらすコミットメント効果です。目的が商品を入手することから、オークションで勝つことに変わってしまい、それを果たすべく感情的に入札するという行動にエスカレートしてしまったのです。

 商品に対する価値は人によって違うでしょうが、本人はその評価額をわかっているような状況(個人価値の商品)では、この例のような公開競り上げオークション(これを「英国型」と呼びます)において最適な戦略は、自分の評価額まで応札に参加する、ということがオークション理論からわかっています。

 したがって、この単純明快な最適戦略に対する心理的な悪影響を避けるには、

(1)保有効果、サンクコスト効果、「約束の段階的拡大」を防ぐために入札を早い段階から行わない

(2)「偽の合意効果」を防ぎ、冷静さを保つために、他の参加者の入札行動を観察しない

ということが有効です。

 つまり、オークション終了直前に自動高値更新設定を使って、自身の評価額を入力するのが正解なのです。

(文=阿部誠/東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授)

阿部誠/東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授

阿部誠/東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授

1991年マサチューセッツ工科大学博士号(Ph.D.)取得後、2004年から現職。ノーベル経済学賞受賞者との共著も含めて、マーケティング学術雑誌に論文を多数掲載。『東大教授が教えるヤバいマーケティング』(KADOKAWA)など著書多数。
東京大学教員紹介 阿部誠ページ

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