40年ぶりに相続に関する民法の規定が改正され、4月から施行されます。たとえば、自筆証書遺言の「財産目録」を、自筆ではなくパソコン等で作成することが可能になります。また現在は、預金者の死亡が判明すると銀行口座が凍結され、遺産分割協議が終わるまで預金を引き出せなくなりますが、一銀行150万円まで引き出せるようになります。ほかにも、義理の親を介護した嫁が相続人に対して「特別寄与料」の名目で介護費用を請求することできるようになります。
特筆すべきは、死亡した人(被相続人)の配偶者が、死ぬまで自宅に住み続けることができる「配偶者居住権」という規定が新設されたことです。
「配偶者居住権」とは
配偶者居住権(新民法1028条以下)とは、自宅を所有する人が死亡したときに、その配偶者が引き続き自宅に住むことができる権利です。配偶者に限って相続開始後、原則として亡くなるまでの間、無償でその家に住み続けることができます。
配偶者居住権が創設される前は、遺産分割の際に遺産のほとんどが不動産である場合に、法定相続分を請求する他の相続人がいると、配偶者は今まで住んでいた自宅を売却して、売却代金を分割しなければなりませんでした。売却する必要がなくても、相続した自宅の評価額が相続分を超える場合は、その配偶者は残りの金銭等を相続することができず、生活費が不足してしまい、老後を安心して過ごすことができないという事態が珍しくありませんでした。
そこで、高齢の配偶者の生活を保護するために配偶者居住権が新設されました。この規定により2020年4月以降は、被相続人の配偶者は住み慣れた自宅に住み、安心して老後の生活を送ることができるようになります。
配偶者居住権の構造
もともと自宅の所有権というひとつの権利だったものを、配偶者居住権と所有権の2つに分けたのです。それにより、被相続人の配偶者が配偶者居住権を相続し、子が所有権を相続するといったことができます。
配偶者居住権は、譲渡することはできませんが(新民法1032条2項)、放棄することはできます。そのため、所有者との合意により、対価を得て配偶者居住権を放棄したり、第三者に当該建物を使用させて収益を得ることもできます。しかし、配偶者は無償で所有者の建物を借りて使用収益しているため、“善良な管理者としての注意義務”を負います(新民法1032条1項)。
この配偶者居住権を実行可能にするために、持ち戻し免除の意志表示があったものと推定する規定(新民法903条4項)も加えられました。
「持ち戻し」とは
「持ち戻し」とは、共同相続人のなかに特別受益者(被相続人の生前に金銭や金銭的価値のあるものを受けた者)がいる場合、共同相続人間の公平を図るために、遺産分割にあたって、その受け取ったものを相続財産に戻して各相続人の取り分を等しくする制度です。
贈与や遺贈によって特定の相続人へ多く遺したいとの意向を持つ人もいます。この場合、被相続人が遺言等でその旨を明確にしておけば、被相続人の意思が尊重され、生前贈与や遺贈を受けた相続人は受け取ったものを相続財産に戻す必要はなくなります。
しかし現実を見ると、被相続人が持ち戻し免除の意志表示をしない場合が多いので、被相続人の意志を推定する規定を置いて、配偶者の保護を図ったのです。
ただし、この規定は推定規定なので、反証を挙げれば覆すことができますし、婚姻期間20年未満の配偶者には適用されないので、その場合は生前贈与または遺贈を受けたものを相続財産に戻さなければなりません。
まとめ
(1)配偶者居住権は配偶者が無償で自宅に住むことができる権利で、所有権ではない。
(2)配偶者居住権は譲渡することができない。
(3)配偶者居住権は放棄することはできる。
(4)配偶者居住権は建物所有者の承諾を得て第三者に当該建物を使用させ、収益を得ることができる。
(5)配偶者は所有者の建物を借りて使用収益しているため、善良な管理者としての注意義務を負う。
(6)婚姻期間20年以上の配偶者に対し、持ち戻し免除の意志表示があったものと推定する規定が加えられた。
(文=藤村紀美子/ファイナンシャルプランナー・高齢期のお金を考える会)