–前座の修業時代には「個性」というものが徹底的に否定された、と書かれていました。幼少期と大学時代に「個性の国」ともいえるアメリカで生活していた志の春さんにとっては、すごくつらかったのではないでしょうか?
志の春 最初は訳がわかりませんでした。関西で生まれて、アメリカに行き、日本で高校生活を送った後は、またアメリカに行きました。日本の流行や文化などをあまり身近に感じることのないまま、突然師匠の落語に出会ったわけです。「徒弟制度というのは、厳しいものだ」と、なんとなくは聞いていましたが、実際に経験してみると、それまでの人生にはまったくないものでした。しっかりとした基本があり、初めて個性は花開くのです。勝手に自分の個性と思っていたものは、実は守るほどではありませんでした。むしろ、それを壊して初めて、本当の自分の姿が見えてくる。そんなことを、修業を通じて気づかされました。
キャリア論であり、落語家のリアルを描いた本書
–そもそも、本書を書くきっかけはどういったものだったのでしょうか?
志の春 社会人になり、20代も後半になってくると、「今の仕事が、本当に自分の一生の仕事なのか」など、キャリアで悩むことが多くなってきます。それを解消するひとつの材料として、私のたどってきた道が読者のお役に立つのではないか――そういった内容で、出版社の担当編集の方からお話をいただきました。本書はキャリア論でもありますが、落語家のリアルな生活についても書いているので、落語に興味を持ってもらうきっかけにもなれば幸いです。私は毎月、落語会を開いているのですが、本書を読んで「初めて来ました」という若い方が、毎回数人いらっしゃいます。それは、とてもうれしいことです。
–落語家にはいろいろなタイプがありますが、どんな落語家を目指しているのでしょうか?
志の春 噺を聞いているうちに、目の前に絵が浮かんできて、それがどんどん動いていく……そんな落語家を目指しています。最初に衝撃を受けた師匠の落語が、まさにそうだったのです。目を閉じていても、目を開けて舞台を見ていても、情景が脳裏に浮かんでくるのです。落語の舞台は座布団ひとつでとてもシンプルですが、上手な落語家は、その分、お客さんの想像力をかき立てます。私も、そんな落語家になりたいと思っています。
(構成=石丸かずみ/ノンフィクションライター)