ハラスメントの中でも日本の会社員が日常的に経験しているのが、職場での権力を利用した、嫌がらせ、いじめを意味する「パワーハラスメント」(パワハラ)ではないだろうか。ここでボーダーラインとなるのが「業務の適正な範囲を超えて」精神的・身体的苦痛を与える、もしくは職場環境を悪化させているか否かである。この線引きが実に難しい。なぜなら、日本の職場においては長い間、精神的・身体的苦痛は勤務評価と表裏一体であったからだ。
「辛抱」という言葉が風化してしまったといわれる現代でも、その心構えをないがしろにしていては、日本企業ではなかなか高く評価してもらえない。この暗黙の了解が、今も色濃く残っている。免疫力をつけることで体力が増強するかのごとく、精神的ストレスのハードルをいくつか乗り越えることによりストレス耐性が高まる。そして、苦難に直面しても乗り越えられるようになり、問題を発見、解決し「カイゼン」できると暗に思われていた節がある。
その結果、生まれたのが「しようがない」という言葉で表現される日本人に染みついた精神構造である。矛盾を実在にすり替えることで波風が立たないように対処する処世術といってもよいだろう。
すべての日本人がこの処世術を実践しているわけではないし、若い世代を中心に、納得できないことはしない、という人も少なくない。しかし、会社員を長くやっているうちに、または結婚して子供が生まれ住宅ローンを抱えるようになると、「しようがない」という気持ちの比重が増してくるようだ。
日本企業はこの「しようがない」という従業員の気持ちを巧みに利用してきた。「結婚して一人前」という価値観が企業にあるのも、決して口には出さないが、「しようがない」と思ってくれることに期待している節がある。