こうした風景は職場に限ったことではない。大学のメンザと呼ばれる学食にもビールは置いてある。ランチや講義の合間に学生たちはビールを手に談笑して、再び講義に戻っていく。
会社は働く場所と割り切って、同僚とはドライな関係のドイツ。日本のように、アフターファイブに同僚と飲みに行くことなど、まったくと言っていいほどない。
というのも、仕事が終われば、あとは大切なプライベートな時間だからだ。なぜプライベートまで仕事仲間と付き合う必要がある? という考えのドイツでは、日本のように上司から飲みに誘われることもない。だから嫌な酒を飲む必要もない。終業時間が来ても、同僚と話し込んでだらだらと会社に残っているということもない。みんな時間きっかりに素早く帰宅してしまう。本当に誰一人いなくなってしまうから見事なものだ。ある日、私が終業時間を5分過ぎてもまだ社内にいたところ、「何してるの! 早く帰りなさい!」と叱られてしまった。
ドイツに来た当初は、仕事帰りに同僚と飲みに行けないのは寂しいと感じていたが、慣れると、煩わしさがなくて実に精神的にいい。気を遣うこともなければ、お断りする理由を考えることもない。そして他人と楽しくない時間を過ごして、大切な家族との時間を削るという、非効率的な時間の使い方をしなくてすむ。
そのため、ドイツ人はいかに限られた時間で効率的に仕事を終わらせるか、ということに必死になる。だから、短い労働時間でも日本と変わらぬGDPを維持しているのだ。知り合いはこう言った。
「日本は世界でGDP3位だけど、残業残業でカローシもあるんでしょ? それなら僕たちは、同4位でいいから、短い労働時間のほうをとるよ」
社内で飲む休憩時間のささやかなビールは、同僚とフランクに語り合うための小道具という役割をも担っているのかもしれない。
ドイツでビールは「飲むパン」ともいわれる
ビールがこれほどまでに生活に根付いているのは、ビールの値段が水よりも安いことも一因だろうが、「健康」に由来することも大きい。
ドイツのビールは、別名”飲むパン”ともいわれ、究極の「健康食品」なのだ。なぜなら、材料には大麦(小麦)の麦芽、ホップ、水しか使えない。これは法律で定められていて、日本のように米やコーンスターチなど麦以外の原料を入れると、ビールと称して販売してはいけないことになっている。だからこそ、「無添加食品」のビールは体に良いとされてきた背景もある。
ミュンヘンのあるバイエルン州では、古くからの生活の知恵として、高熱が出たら「アルコール度数の高いビールを温めて飲みなさい」とアドバイスされる。また、「アルコールになる前の麦汁を飲むと風邪が治る」といわれており、ビールは「健康」と切っても切り離せないものとなっている。
そうそう、重要なことを書き忘れました。あくまで適量のビール(ドイツ南部では500ミリリットル)ならば、仕事の活力につながるというのがドイツ流の理論。決して職場でくだを巻くまで飲んではいけません。そんなことをしたら、その先は……。
(文=金井ライコ/フリージャーナリスト)
●金井ライコ(かない・らいこ)
フリージャーナリスト、ライター、翻訳家。横浜国立大学を卒業後、教育誌、経済誌、男性一般誌の編集者を経て渡独。ミュンヘン工科大学で農業学とビール学を学ぶ。ドイツのビオ、健康、エコロジー、ビール、観光情報を各誌に執筆。
ブログURL http://raiko.blog.so-net.ne.jp/