小手先の高ROEや高収益経営が企業を滅ぼす…短期投資家や金融機関を喜ばせるだけ
ファイナンスは経営のツールに過ぎない
筆者は、北海道にある小樽商科大学ビジネススクールでコーポレートファイナンスを教えています。もともとは大学教員ではなく、アクセンチュアや日産自動車に勤務し、2008年に経営コンサルタントとして独立し、2015年の4月から大学教員となりました。経歴に金融機関勤務の経験がなく、経営コンサルティングや事業会社での経験が長いことが原因と思われますが、ファイナンスを経営の視点から考えるというのが筆者のスタンスです。
具体的にいうと、経営に役に立つのであればファイナンスをツールとして活用すればよく、逆に特に役立つこともないならば、ファイナンスについて気にすることはないという考えです。ファイナンスを活用して何かエキサイティングなことをしようとはまったく考えません。
しかし最近では、筆者が「ROE(自己資本利益率:後述参照)包囲網」と呼ぶ伊藤レポート、JPX日経インデックス400、コーポレートガバナンスコード、そして議決権行使助言会社などの影響だと思われますが、ROEを改善するためにファイナンスを「いじくる」企業が増えている気がしてなりません。
キャッシュフローの持続的な拡大こそ企業が目指すべきゴール
筆者は、以前からこのような危惧を持っており、12年9月に『まだ「ファイナンス理論」を使いますか?-MBA依存症が企業価値を壊す』、そして15年9月に『ROEが奪う競争力-「ファイナンス理論」の誤解が経営を壊す』(共に日本経済新聞出版社刊)という本を上梓しました。どちらの本の結論も、ファイナンスに頭を悩ます時間があるのならば、本業が生み出すキャッシュフローを最大化せよ、という当たり前のものです。
企業価値は、企業が将来生み出すと期待されるキャッシュフローをそのリスクを適切に反映する割引率、つまり資本コストで現時点に割り戻した現在価値の合計額であることを考えれば、この結論は当たり前です。キャッシュフローを持続的に増やすことができれば、その結果としてROEは改善しますし、資本コストは安心感から減少するものなのです。
昨今の議論は、ROEや資本コストといった経営の結果であるべきものを目的と履き違えているところにリスクが潜んでいます。今後、「ROE包囲網」の影響により、高ROEで低資本コストの日本企業が増えることになるでしょうが、本来の目的であるキャッシュフローの拡大による企業価値の創造が伴うのかどうかには疑問があります。
『ROEが奪う競争力 ―「ファイナンス理論」の誤解が経営を壊す』 企業経営の現場での経験と数多くのコンサルティングを通し、ファイナンスの理論と企業の現場とのズレ、経営への活用のポイントを知り尽くした筆者が、本当の企業価値を高める経営の在り方を、具体的な事例を豊富に盛り込みながらわかりやすく解説します。