マイケル・ポーター・ハーバード大学経営大学院教授の名前は、多くの方がご存知だと思います。1980年代から今日まで活躍されている最も有名な経営学者のひとりです。
昨年11月には、経営分野の優れた思想家を選出する「Thinkers50」の第1位に輝きました。今回の受賞は、ポーターが唱えるCSV(共有価値創造)の業績が評価された結果です。ちなみにCSVとは、資本主義的なアプローチによる社会問題の解決を目的とした概念です。社会問題を解決するためには、社会価値も企業価値も同時に達成されなければならないと主張しています。
ポーターは、82年には『競争の戦略』を著し、ファイブフォース分析という産業分析の視点を提示しました。85年には『競争優位の戦略』のなかで、企業のバリューチェーンを示し企業価値の所在を分析しました。
ポーターの業績の中で最も有名なのは、3つの事業戦略かもしれません。「競合との競争を避けて儲かる市場を選択すれば、持続的な競争優位を確立できる」という経営法則を主張して、差別化、コストリーダーシップ、集中という企業にとっての3つの事業戦略を示しました(冒頭のチャートの左側を参照)。
はじめてポーターの事業戦略を耳にしたとき、「わかりやすい。こんなにシンプルに事業の戦略を定式化して語れるのか」と思いました。ちなみに差別化とは、競合が容易に真似できない製品や顧客サービス、ブランドなどを築くことです。コストリーダーシップとは、競合他社より低コストでの製造や販売を実現して競争優位を確立することです。また集中とは、特定の顧客層や特定の地域、特定の流通経路、特定の製品などに経営資源を集中することです。
今日の経営実態はどうなっているか
さてここで、本連載『「itte」の経営学』を振り返ってみたいと思います。
その第7回から第9回では、今日の経営の現場に即して、3つの経営法則について考えてきました。第7回では「強み」と「差別化」を考察し、第8回では「選択」と「集中」を議論し、前回の第9回では「コスト削減」を取り上げてきました。
まず第7回では、「強み」で「差別化」するという企業の常識的なアプローチに疑問を投げかけました。すなわち、自社の「強み」から出発して、競合他社に「差別化」できるかどうかを検討して、最後に顧客の審判を仰ぐというアプローチがよろしくないと主張しました。