食に好き嫌いが人それぞれあるように、食に対するコンプレックスも人それぞれ。そんな「食事」をテーマにした短編連作集が『キッチン・ブルー』(遠藤彩見著、新潮社刊)だ。
■人と一緒に食事ができずに苦しむ主人公
「食えない女」の主人公である灯は、人前で食事ができない。摂取できるのは液体だけ。咀嚼が必要なものは一切、喉を通らない。無理に詰め込めば戻してしまう。
幼いころから、視線を感じると食べものが喉につかえてしまい、人のいるところで食事をすることが苦手だった。大人になり、「海外で映画の買い付けをする」という夢を抱いて映画の配給会社に就職するも、同僚とのランチも接待の会食も苦痛で、「接待ができないのだから」と庶務の仕事に回されてしまう。
メンタルクリニックでカウンセリングを受けたが、症状に「会食不全症候群」という名前がついただけで、何も変わらなかった。そして、夢をあきらめ、映像翻訳家になった。
■人付き合いと引き換えに食べることの幸せを得て…
極力、人に会わない。資料のやり取りは宅急便。納品はオンライン。打ち合わせはメールか電話、スカイプ。それなら、好きなときにいつでも食べられる。やっと掴んだ幸せは、人付き合いと引き換えだった。
人前で食べられないということは、人付き合いが発生するイベントに加われないということだ。誕生日、クリスマス、結婚式、デート、旅行、親戚付き合いも、食事抜きにはありえないからだ。
仕事で毎日、洋画や海外ドラマを見る。インターネットで世界中の食卓を覗くこともできる。他人の人生を垣間見ることで、心はお腹いっぱいになる。でも体は違う。どんなに好きな人といても、人はお腹が空いていれば幸せになれないのだ。
■仕事を通じて出会った男性に惹かれていくヒロイン、でも…
そんな灯は、映画配給会社の忘年会で、今度、字幕翻訳を手掛ける海外ドラマの科学用語を監修することになった大手製薬会社の社員の蝦名敏と出会う。その仕事を通じて、会ううちに灯は敏に惹かれていくものの、人前で食べられないことが、灯を悩ませる。
生きていく上で、欠かせない食事。毎日のことだけに食に関するコンプレックスは根が深いのかもしれない。
本作は『給食のおにいさん』(幻冬舎/刊)シリーズが、累計26万部のベストセラーになった小説家・遠藤彩見氏の初の単行本。偏食、孤食、料理ベタに味覚障害…食に対するさまざまなコンプレックスを抱える男女の物語を描いた“ごはん小説”に、新しさを感じるはずだ。
(新刊JP編集部)
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※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。