東京都新宿区。四ツ谷三丁目と曙橋の駅の間の大通り沿いに、その「食堂」はある。わずか288円で日替わりランチを提供する『定食酒場食堂』だ。
288円と聞いて、ケチなメニューを思い浮かべる人もいるかもしれない。
だが、「ボリュームたっぷりのおかずや副菜がついて、ごはんはコシヒカリ」「ご飯と味噌汁はお替わり自由」など、その内容はかなり太っ腹なものだという。
■壮絶な人生によって形づくられた経営哲学
この『定食酒場食堂』を立ち上げたのが、『ゼロポイント』(秀和システム刊)の著者、天野雅博氏。彼がこのように大胆な策を打ち出せた背景には、その壮絶な半生が大いに関係している。
彼は親の顔を知らない。少年時代を養護施設ですごし、三度の少年院も経験している。最終学歴は「中卒」だ。経歴を理由に、就職を断られたこともあった。
これだけでも充分波乱万丈だが、31歳のときに手を出した「酸素バー」の事業を軌道に乗せることに苦労し、家賃も光熱費も払えなくなった時期があったり、ある企業の社長からの1,000万円の投資をふいにしてしまったりと、事業家としてもいくつもの失敗を経験している。
失敗の度に「ふりだしに戻る」ことを繰り返してきた天野氏。実体験を通して強烈な学びとなったのは「ゼロに戻ることは恐いことでも何でもない」ということだ。
「失敗したらしたで、またゼロの位置に戻って、やり直せばいい」
ごく自然にこう思えるようになった人間に怖いものはない。自分の理想に忠実に、大胆な決断ができるようになるからだ。
■事業アイディアを後押しした、「人はゼロで生まれ、ゼロで死ぬ」という思い
『定食酒場食堂』はホームページを持っていない。にもかかわらず、口コミによって連日大盛況となり、現在もその状況は続いている。
順風満帆にも見えるこの店だが、店舗の立ち上げをめぐって天野氏は周囲のほとんどから反対されたという。
某牛丼チェーンですら、どんなに安くても、牛丼一杯400円弱。そう考えると、『定食酒場食堂』のランチメニューの内容と価格は、飲食業界において常識やぶりだ。ましてこれまでの失敗経験もある。反対はむしろ当然だといえる。
だが、天野氏は「人は誰でも、ゼロで生まれ、ゼロで死ぬのだ」という学びを片時も忘れなかったようだ。周囲に何を言われようと、信じたことを覚悟を決めてやること。それが天野氏を成功に導いた。
言うまでもなく、この世でどんなに立派な地位や財産を築いたとしても、あの世へ持っていくことはできない。だが目の前の現実に追われるなかで、多くの人は「ゼロで死ぬ」ことを忘れてしまいがちなのも事実だ。
逆境や失敗を乗り越えてきた人が発するメッセージには、独特の強度がある。新しい世界へ踏み出したいのに一歩を踏み出せずにいる人にとって、本書は背中を押してくれる一冊といえるだろう。
(新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。