新型コロナウイルスの流行によって、外出の機会も減り、自宅にいる時間が以前より長くなった今だからこそ「回想」を、と語るのは、作家の五木寛之氏だ。
回想というのは「昔は良かった」など、過去を思い返すこと。「感傷にふける」という意味で、後ろ向きな行動だと考えられることが多いが、五木氏はむしろ積極的な行為と考えている。古い記憶の海に浸るだけではなく、何かをそこに発見しようとする行為だからだ。広く、深い記憶の集積から、いま現在とつながる回路を手探りする「記憶の旅」が回想の本質、と五木氏は述べる。
■五木寛之はストレスをどう乗り越えてきたか
『回想のすすめ – 豊潤な記憶の海へ』(五木寛之著、中央公論新社刊)では、五木氏が出会った一期一会の人びとや自分の記憶を辿り、回想について綴る。
現代人の最大の敵はストレスといわれ、様々な病気や不調の原因の一つにもあげられている。五木氏にしてもストレスはある。氏はストレスを克服するときにも、過去の記憶の中から嬉しかったこと、幸せだった瞬間のことを回想しているという。どんな人にも、楽しかった日々の記憶はあるもの。手探りでそれを探し、回想するのだ。
ストレスは、未来への不安から生じるもの。「なんとかなる」「これまでなんとかなった」という実感を回想することで、ストレスは軽くなっていく。ただし、過去の栄光や成功体験に浸るのではなく、回想の力というべき心の状態をつくることが重要。ストレスを正面から越えようとするのではなく、うしろを振り返ることで前へ進むエネルギーを生み出すのだ。
どんな人でも数々の回想の引き出しを持っているが、その引き出しを開けたり閉めたりすることを怠って放っておくと、錆びついてしまい、いざ引き出しを開けようとしたときにうまくいかなくなってしまう。
昔のことを考えるのは後ろ向きだからやめようなどと考えずに、繰り返し、回想の引き出しを出し入れしておくことで、ときに応じて自然にそのとき必要な思い出が出てくるようになる。年をとると、筋力や反射神経が鈍るのと同じように、回想力もトレーニングを怠ると、年々失われてしまう。絶えず、回想し、それを磨くことも大切なのだ。
回想は、人生においてとても豊かな時間と五木氏は述べる。ストレスや閉塞感から抜け出すためにも、五木氏のすすめる回想を試してみてはどうだろう。
(T・N/新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。