一つの作品を深く読み込んでいくという経験はすべきである。そう思わせてくれていたのが、私立灘中学校・高等学校の国語教師だった橋本武さんだ。
2013年に101歳で亡くなった橋本さんは、人生の半分となる50年もの間、教壇に立ち続け、教科書を使わずに、中勘助の小説『銀の匙』を3年かけて読み込んでいく「スローリーディング」という手法を用いるという独特な授業を行った。
校風が自由な灘校であるからこそ、このスタイルが認められたのだろう。そんな橋本さんの授業の内容とその意図を知りたいならば、2012年に出版された『伝説の灘校教師が教える一生役立つ学ぶ力』(橋本武著、日本実業出版社刊)を読むべきだ。
授業では単に『銀の匙』を読んでいくだけではない。実際に小説の中で登場した凧揚げやかるた大会を授業時間に行うなど、「横道にそれる」こともあるという。そうしたことを通じて、子どもたちは学ぶ楽しみ、面白さを感じていくのだという。
では、橋本さんは何を考えてこうしたユニークな授業を行っていたのだろうか。本書からご紹介しよう。
■自分の思いを伝えることが大事である
学校においても、そして社会に出ても、勉強や学びというものは、生きている限り常について回るものだ。勉強を楽しく面白くやるに越したことはないが、苦手なものは誰にだってある。人前で話すことが苦手という人も多い。
実は橋本さんは話ベタだったそうだ。本業の国語の授業以外の場面で話すのが、得意ではないのだ。
しかし、卒業生の結婚式で急にスピーチを頼まれて、うまく話せなかったという失敗から考えを改める。社会に出ると、どこで話を求められるかわからない。なので、常に心の準備をしておくとともに、実際に何か話せと言われたときのために備えておくべきであると悟ったのだ。
橋本さんは場数をこなし、まずは「笑われたっていいや」くらいの気持ちで話してみることが重要なのだと説く。そして、もう一つ大切なことは、とにかく自分の気持ちを伝えること。
話し方、技術は二の次、三の次でかまわないという考え方は、橋本さんの授業の方法に起因する。生徒たちが成績や点数のことを一切考えることなく、自分の思いを自由に発表できるような授業を行ってきた。
とにかく、自分の思っていることを発表するという授業をやっていた。その中で生徒たちは自分ならではの話し方、発表のスタイルを自然に身に付けていくのである。
■国語力とは「生活力」である
もう一つ、本書から印象的な部分を取り上げよう。橋本さんは「国語力イコール“生活力”」であると述べている。
長い間国語教師を務め、ユニークな授業を展開してきた橋本さんは、国語力がすべての学問の基礎になると気付いた。説明や設問などの文章を理解できる力、そして、自分のことを相手に理解してもらうために必要な力が、国語力であり、読解力であるのだと。
「言ったことが伝っていない」ということが、その後に大きな問題を起こす原因になることはしばしばある。お互いが伝えた、理解したつもりでも、そこに齟齬があると「言った/言わない」という不毛な議論に陥ってしまう。
一つの小説を通して、そこにおける人間模様を追いかけながら、必要な国語の力、そして生活の力を得ていく。挨拶や礼儀というものも学ぶことができる。登場人物が何気なく発した言葉や行動にも理由がある。そうしたことを学び、自分の人格形成に反映していくのが、この授業がもたらす大きな効果の一つではないだろうか。