イスラム教徒の人口は、2010年時点で16億人にのぼるという。世界のおよそ4分の1がイスラム教徒だ。
インバウンド需要が高まる日本では、有名観光地やホテルなどでイスラム教の戒律に準じた食事や設備を提供するところも増えている。そこにはビジネスとしての可能性がまだまだ多く眠っている。
訪日イスラム教徒を迎え入れる日本の態勢と「ハラール認証」について論じた一冊『ハラールマーケット最前線』(佐々木良昭監修、実業之日本社刊)には、すでに始まっているイスラム教徒向けのビジネスやサービスが数々紹介しつつ、まだまだ普及していないサービスや態勢についても言及されている。
では、訪日イスラム教徒は何を求めているのか。本書の中からいくつか紹介していこう。
■イスラム教徒が求める「ハラール料理」とは?
近年、「ハラール(HALAL)」と掲げられている飲食店が有名観光地などで見られるようになった。
「ハラール」とは、イスラム法で許される行為や食べ物のことだ。逆に同法上で禁じられていることは「ハラーム(HARAM)」という。
イスラム教の聖典コーランには豚肉を食べることを禁止する記述がある。そのため「ハラール」の店で豚肉は提供していない。ここまではよく知られているが、豚肉が原材料に使われているものはすべて「ハラーム」(禁忌)だ。
ラードはもちろん、ケーキに使われるショートニング、果ては豚肉由来の酵素やタンパク質もNGなので該当する成分が入っている調味料も使えない。さらに牛肉や羊肉も特有の儀式を経なければ食べることを許されていない。
こうした制約がある中、ハラール料理を提供する店は少なからずあるが、在日、訪日イスラム教徒が求めるものは様々なようだ。
ある敬虔な在日イスラム教徒のトルコ人は、「ハラール専門店を経営するのは採算的に難しいと思うが、スーパーの一角に“ハラールコーナー”を設ける試みがあれば面白い」「ホテルの朝食バイキングに“ハラールコーナー”があるとイスラム教徒は大喜びなのでは」と述べている。
イスラム教の「ハラーム」(禁忌)は、ともすれば不自由な制約のように思えるが、ハラール料理を提供するホテルスプリングス幕張の総調理長は「ハラール食の原点は、人間の身体に最もいい食べ物。日本古来のオーガニックな食べ物と考えるとわかりやすい」と語る。
そう考えると、イスラム教徒が求める食は、日本の伝統的な食文化と親和性が高いと言えるかもしれない。
また、あるイスラム教徒は、イスラム教徒への食に対応できる飲食店は限られていると述べる。それゆえ、対応してくれる店が見つかるとそこばかり行くようになるのだという。これは顧客の囲い込みという意味ではビジネスチャンスにもなることを示しているだろう。
■イスラム教徒の観光客は「座禅体験」をしてもいいのいか?
日本で積極的にイスラム教徒の対応に取り組んでいるのが、海外観光客数が多い京都市だ。
同市では早い段階から、イスラム教徒観光客を受け入れる態勢を整えるための勉強会が開かれているが、あるとき「イスラム教徒に寺社での座禅は許されるのか」というテーマが持ち上がった。
意見は賛否両論だったが、戒律が厳しいサウジアラビアの留学生は「座禅はメディテーション(瞑想)の一種だからOKだと思う」と肯定したという。 唯一神を信奉するイスラム教徒にとって、仏教や神道との接触は背教にあたる可能性があるが、件の留学生は「瞑想」という行為はそれにあたらないという解釈を示したのだ。
実は、同じイスラム教徒でも聖典コーランの解釈はさまざまだ。
たとえば、コーランでは飲酒を禁じているが、トルコ、エジプト、モロッコなどは飲酒に寛容で、国内でも酒が販売されている。一方、戒律の厳しいサウジアラビアでは、酒を国内に持ち込むことも振る舞うことも固く禁じられている。
著者は、こうした解釈について「ハラールは、個人の心の中にある」と表現している。日本のホスピタリティの高さと「おもてなし」の心は世界的に評価されている。その心をもって柔軟な対応ができるかどうかが、世界で16億人いるイスラム教徒をビジネスで取り込めるかどうかを決めるカギになりそうだ。
(ライター/大村佑介)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。